天下り廃止で官僚がやる気を出す!!(第82回2009年8月31日)

民主党が「マニフェスト」でお約束している天下りの廃止は、熱狂的支持を受ける一方、「官僚の協力がなくて政権運営ができるのか」という不安を指摘されることもあります。そこで疑問にお答えしますので、「政権交代。」へのご期待をいっそう強く持っていただきたいと思います。

官僚が優秀なのは間違いありません。しかし、「お役所仕事」とか「官僚答弁」といった言葉に表わされるように、官僚は庶民の感覚とズレていることが多く、「国民の生活が第一。」という信条で動いているようには見えないのも確かです。なぜなのでしょうか。

官僚は大学を優等で卒業し、難しい試験に合格して入省します。採用・配属を決めるのは「文書課長」といった超エリート官僚ですが、この結びつきは一生続きます。新人官僚は国家のため、国民のために志を高くもって公職に就きますが、最初の10年程は種々のポジションを転々として研鑽をつむ毎日です。10数年後、彼らは課長補佐に昇進して、行政の第一線を担います。いよいよ志を実現できると思ったのも束の間、期待は裏切られます。地域や人びとの要望を理解して、法律や制度を改正しようとしたのに、局長からダメと言われます。その改正で先輩たちのメンツをつぶすからというのです。国民の生活や仕事よりも省益とか役所の都合を優先する――若く、意欲に燃えた官僚たちがこの論理に染まりはじめる頃、「天下り」を意識するようになるのです。

天下りを意識して庶民感覚とズレる

志を持ち続けて、自分が局長になったら国家のため国民のための政策を作ろうと思っている官僚たちもいます。しかし、実際に局長や事務次官になっても、「上には上」があるのです。各省OBには退官後の人事を支配しているドンがいて、現役の官房長などを使って天下りと渡り先を決めています。つまり、そのルートに乗れるか否かを意識すると、「国家・国民のため」が「省益と自民党のため」にすりかわっていくのです。

民主党が天下りを廃止するのは、この桎梏から意欲ある中堅・若手の官僚たちを解放することなのです。現状の政策課題に熟知した有能な彼らに、その意欲を引き出させることで日本の政治は変わりはじめます。官僚まかせの自民党議員とは違って、民主党の議員は民意を吸収する役割を果たします。そして官僚と党は、決して敵対関係にあるのでなく、緊張感をもった協調関係を樹立するのです。「政権交代。」は、そのためにこそ必要なのです。

政権交代(第79回2009年8月31日)

いま、私たちの運動を進めるにあたっては、「政権交代。」のキャッチフレーズをポスターに刷り込み、幟(のぼり)やシールに印刷して、雰囲気づくりをしています。ふだんは「民主党」や「昇る朝日」のマークを多用していますが、選挙期間中は法律の規制があります。設置済みのもの以外は新たに立てたり、持つことができないからです(事務所や道路際に固定してあるものは違反ではありません)。

そこで、民主党の昇る朝日の旗にかえて、「政権交代。」を林立させ、車や自転車にシールを貼りめぐらしているのです。「政権交代。」の「。」は、終止符。すなわち、「8月30日に政権交代を完了する」という強い決意を示しています。

菅直人代表代行、「若葉」駅に来る

民主党の菅直人代表代行は、8月28日、若葉駅の東口広場で街頭演説会をおこないました。昨年10月18日には小川町と嵐山町、去る8月21日には東松山市にも来援しましたので、この一年間で三度目となります。演説会には島田ちやこ、こうだ邦子両参議院議員も参加、最終盤に最高の盛り上がりを見せました。

(8月28日付「プレス民主」埼玉10区版204号より)

菅直人代表代行、再び、10区に来たる!!(第78回2009年8月21日)

菅直人代表代行、再び、10区に来たる!!

民主党の菅直人代表代行は、昨年10月18日にも埼玉10区に遊説し、小川町と嵐山町で街頭演説会を開催しましたが、今回は、

8月21日(金)午後5時

東松山事務所近くの「丸広」前に

来ます。何のために来るのかはお知らせ出来ません。公職選挙法の規制に触れるおそれがあるからです。お問い合わせは松崎哲久事務所(049-284-5554番)まで。

「山上作戦」と「定時演説」(2009年8月17日)

 明日、総選挙が公示になります。公示後はホームページの更新が規制されていますから、今回が最後になります。再開できるのは8月31日。その時には「政権交代。」の歴史的瞬間が訪れたのかどうか、結論が出ていることになります。

    *    *    *

 選挙の準備は、万端、整いました。午前中には、選挙カーの看板、事務所表示の大看板の取り付けも終わりました。もちろん、明日の届出が済むまでは、白い幕で覆われていて、その中身を窺うことは出来ません。

 選対会議で、初日および冒頭数日の予定確認などもおこないました。今回、私の選挙運動の特徴は、定時街頭演説をおこなうことと、自転車街宣を積極的に取り入れたことです。街頭演説を何ヵ所でおこなっても、たまたまその場で聞いて下さる方以外には、なかなか政策を生の声でお届けすることが出来ません。そこで、夕方の定時(6時半から8時)に、駅前広場で必ず街頭演説をおこなうことにしました。あとは場所だけ分かれば、そこで必ず私が演説をしているという具合です。

 ただし、どこで(どの駅で)実施するかを告知する方法が難しいのです。たとえば、このホームページに掲載することは、事前運動とみなされる可能性があって出来ません。これまで膨大に配布した『プレス民主』の号外にも、書くことは出来ませんでした。同様の理由からです。しかし、事務所に「今日は、どこ?」と尋ねていただけば、選挙区内の14駅のうち、何駅の何口かをお伝えすることは可能です。また、公示後数日以降については、「選挙公報」や「法定選挙ビラ」にも記載してありますので、ご確認いただけます。

 公職選挙法の、あまりに杓子定規の規定は自由な選挙運動を阻害し、それは有権者の自由な意思決定を妨げることにもなります。皆さまも「ホームページに載せられたらいいのに」というご感想をもたれると思います。日本の政治を良くしていくために、是非、選挙の実態から知っていただけたらと思います。

日刊スポーツ松崎哲久自転車街宣記事

 自転車街宣を積極的に取り入れることに関連して、私は第一声を「ある町の山の上の神社」でおこなうことにしました。小沢一郎前代表は川上作戦と称して、「川上を制する者が選挙を制する」という教訓を常々、指導しています。私は今回、川上作戦を実践してきましたが、川の上には山があります。私は選挙区内の山の筋はすべて歩きましたが、その選挙の仕上げの戦いをするにあたっては、やはり山の上で始めたいと思いました。「山上作戦」です。

 初日は山の上で第一声を挙げ、そして自転車で下り、川に沿って町へ出ます。そして、第2日以降も、自転車で全町・全市を回ります。しかし、この第一声を、どの町のどの神社でおこなうのかを今、公表することも出来ません。定時演説についてと同じ理由からです。

 写真は、8月初旬に実施した自転車作戦を取材した『日刊スポーツ』が、本日付の紙面に掲載した記事と写真です。記事は字が小さくて読みにくいと思いますが、画像をクリックすると拡大表示されますので、読みやすくなるはずです。

 それでは皆さま、8月31日にまた、この欄でお会いしましょう。

 


終戦と呼ぶのは不戦の決意(2009年8月15日)

懸案だったホームページのリニューアルが完了。昨日(14日)の午後9時には、新しいトップページ、新しい構成のこの欄にご案内できるようになりました。専門的には少しトラブルもあったようですが、その日のうちにほぼ解決。選挙前のこの時期に難題に取り組んでいただいた吉本俊宏氏とそのスタッフの方々、私の事務所のスタッフにも感謝。

さて、今日は終戦記念日。この日を「敗戦と呼ばずに終戦と呼ぶのは、見つめたくない過去を曖昧にしたがる日本人の悪い習性」などと批判する人もいますが、私はそうは思いません。「終戦」というのは、われわれが不戦を決意し、「戦争はもう終わり」ということを宣言する意味での終戦だからです。

と、敬虔な気持ちで今日を迎えましたが、午後からは選挙戦の現場に立ち戻って挨拶回りを続けました。午前中は街宣計画を練ったり、アンケートの回答などに時間を使いましたが、取りあえず自宅で過ごしました。実は解散予告から47日という長丁場の過酷な日程なので、公示直前の15日は陣営全体で休業することに決めていました。疲労がたまると事故の怖れもありますし、判断ミスも避けなければなりません。そのため事務局の中核的なスタッフに休養を取らせ、リフレッシュして本番に備えようと考えたからです。

私が動けば、何人かのスタッフが出勤せざるを得なくなります。じっとしているのが一番だったのですが、やはり動くことになりました。半日の休みの後、これから29日の最終日まで2週間、まっしぐらに進みます。

4年前の夏の出来事…選挙でなく(2009年8月14日)

今日がどういう日かというと、亡くなった母親の誕生日でした。大正14年(1925)生まれですから、生きていれば84歳ということになります。没年、命日は2005年12月ですから享年80。最近の女性の寿命では、まだ早い死といえるでしょう。

2005年は、前回総選挙の年です。まだ解散(8月9日)前の7月末に、名古屋であった旧知の方の出版お祝いの席に、母一人では心もとないので付き添って一緒に参加したのが、「歩ける母」と会った最後でした。ふだんは三重県の四日市市に住んでいて、総選挙が始まるので埼玉に出てこようとしていた矢先に自宅で倒れて、救急車で入院。腰を打って、後で分かったことですと股関節を骨折していました。どうにも痛くて、四日市の友人たちには訴えていたというのですが、総選挙の公示を控えていた私には「大丈夫だから」と言うのみでした。

1週間くらい入院していても、なお痛みがとれないというので、結局、私の地元の病院に連れてくることにしました。といっても、もう選挙は始まっていましたので私自身はどうにもならず、甥と事務所スタッフが車で迎えに行きました。

まる一日かけて病院に着いた母を見ると、思った以上の症状で、その後の院長の診断で骨折と分かり、転院して手術が必要とのこと。「どこへ?」「この辺りは埼玉医大だけど…」と口ごもる院長。もちろん、今、戦っている相手の関係先だから私が承知するはずがないと思ってのこと。結局、東京/新宿の国際医療センター病院で手術をして貰うことにし、転院は投票翌日と決まりました。

前回総選挙の結果は、落選。議席を失って最初の仕事が母親の介護になりました。亡くなるまでの経緯はここで語ることではありませんが、手術は成功したもののリハビリ中に再び転倒して、以後は容体が悪化。11月21日に国際医療センターから地元の病院に戻りました。執刀した主治医の先生も地元の院長も何も言いませんが、それは最期を迎えるための措置であることは暗黙の了解でした。そして1ヵ月後に息を引き取りました。

私にとって悔いが残るのは、母の骨折、入院、手術が、解散・公示・落選、さらには10月23日におこなわれた鶴ヶ島市議の補欠選挙と重なったため、十分な心配りが出来なかったことです。これについては19歳のときに亡くなった父への看病についてと同様、生涯、心にかかる雲となるでしょう。

しかし、反面、十分な達成感もありました。9月12日の東京転院から70日に及ぶ期間、ほぼ毎日、往復4時間かけて母の病室に通いました。病室にいても何も出来ないのですが、また、補選の準備や選挙の指揮もしなくてはなりませんから長い時間はいられないのですが、それでも母と濃密な時間を過ごすことが出来たからです。

車椅子を押して近くの戸山公園を一周したり、リハビリ中の再転倒後は一日一日、症状が悪化していく様子に為すすべもなく立ち尽くしていたり。また、みずからを内省する機会でもありました。何十年も続くであろう介護の現実と向きあい、政治活動と折り合いがつけられるどうかと思うことも(人には決して言いませんでしたが)、一再ならずのことでした。

    *    *    *

ちょうど4年前の夏には、こんなことがあったのです。事実上の任期満了となった今回の総選挙は、私個人にとっては「亡母の弔い合戦」でもあるのです。また、母親が遺してくれた、否、みずからの命と引きかえに与えてくれた、「政治を続ける選択」に結果を出さねばならない戦いでもあります。もちろん個人的動機で公人としての活動が左右されるはずもありませんが、私が「この議席」に寄せる思いの一端としては、ご理解もいただけるのではないでしょうか。

14日の午後9時頃にリニューアル(2009年8月13日)

 ホームページのリニューアルの準備が完了しました。明後日(15日――正確には14日午後9時頃)から、新しいホームページに移行します。それに伴い、アドレスも新しいものに変わります。

http://matsuzakit.jp/

 ただし、従来の http://minshu.org/mzt/ あるいは http://www.mzt.iplus.to/ からも自動的に転送しますので、当分は旧アドレスのままでも新しいHPをご覧いただけます。

「現場」は公示前最後の追い込み(2009年8月12日)

あすからお盆に入るので、今週は休暇をとっている人も多いようです。10日(月)は森林公園駅、11日(火)は若葉駅、けさは東松山駅で、6時か ら8時の早朝駅立ちを実施しましたが、朝の通勤客の皆さんの数も、ふだんの2割減くらいだったでしょうか。しかし、配付資料(『プレス民主』埼玉10区 版)を手にとっていただく数は逆に3割増しでした。

通常、駅立ちは「野党の」活動手段といっていい埼玉10区ですが、選挙が近づいてきて、この1週間は自民党はじめ各党が競合する状況。有権者の方々には「うるさい」という感覚もあるでしょうから、果たして公示日以降はどうしたものかと思案中です。

前回2005年の総選挙後、地方選挙応援の重点期間を除いて励行してきた駅立ちも、今週の3駅をもって終了しました。2008年、2009年だけでも約200回に及びますが、「はるばると来つるものかな」という思いで、さすがに感慨ひとしおです。

午後は東松山市内で自転車街宣。自転車隊に加えてマラソン伴走者として稲原都三男氏が加わりました。稲原氏はボッシュを定年退職した2007年の秋に、 「60歳1人箱根駅伝」を完走して、読売新聞の全国版に大きく報じられました。10区間を1人で、10週間かけて、同じ距離、同じ経路を走りきるという企 画でした。私の秘書が総監督を務めて全区間をアシストし、私も10区で(なぜ10区かはお分かりですよね)応援し、ゴールの読売新聞社前で出迎えました。 その稲原氏が、私の東松山後援会長にご就任いただいたことで、自転車隊のマラソン伴走となりました。

暑さ・寒さ・悪天候に負けずに実施してきた各種の広報宣伝活動も、今日で終了です(公示後は晴れて選挙運動になります)。まだ公示日まで数日あるのに終了したのは、お盆の期間、各家のご先祖様の霊に対する敬意として静穏を保つべきと考えるからです。

駅立ちと広報宣伝活動が終了したといっても、休んでのんびりしている訳ではありません。立候補にともなう手続き――膨大な資料を作成し、印刷し、県の選挙 管理委員会に事前審査を受けること、新聞社その他の団体からのアンケートに回答すること、推薦していただく団体との政策協定に調印すること、等々、選挙の 直前には時間のかかる業務が山のようにあります。

また、後援会役員やボランティアの皆さんは、ポスターの貼り替え作業に 大わらわです。18日の公示日を期に、更にポスター規制が強化されますので、その対応が必要だからです。世の中はお盆休みですが、「政権交代。」の歴史的 瞬間に向けて、現場は最後の準備活動に余念がありません。

選挙はもう終盤戦?(2009年8月8日)

午後、東松山のある地区で訪問活動をしました。住宅密集地ではないので、みっちり4時間やって、140軒ほどだったでしょうか。歩いて歩いて、水分補給のペットボトルが1本では足りなくなりました。

夕方、有力支援者の会合で冒頭挨拶。「18日の公示前なのに、もう終盤戦という感じ」と話しました。1年間も本番モードで準備をしてきたからですが、解散の数日後にあった東松山市内のお祭りへの対応で声をからしてしまい、もともと美声ではないものの、聴き取りにくい話になって申し訳なし。

さらにその後に、坂戸事務所の地元の町内会の役員会があって出席。公示後の22日、23日には「坂戸よさこい」が予定されていて、その準備に町内会役員は忙しいのです(代理に頑張ってもらいます)。実は当日、事務所の付近は交通規制がかかって、その対応にも頭が痛いところです。前回の総選挙の際もよさこいと重なりましたが、本番期間とは多少ずれていました。今回は真最中なので、街宣車の運行やスタッフ・ボランティアの集合にも支障をきたしますので、はて。

自転車作戦―去年よりはまだ暑くない(2009年8月5日)

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8月1日から選挙前の最後の街宣活動を展開しています。自前の街宣車を2台準備してありますが、昨日から県連車も4日間の予定で10区入りしているので、計3台で各市各町を走り回っています。

私自身は自転車街宣を中心としています。

 

 

 

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民主党代議士から4月に名古屋市長に当選した河村たかし氏の直伝の運動で、私は2000年の総選挙のときから実施しています。思い起こせば去年の同時期、鳩山町が熊谷市とともに最高気温37度を記録した8月7日に、その鳩山町のアップダウンに苦しみ、ほとんど熱射病になりかけたこともありました。それに比べて今年は、冷夏が心配されるほど暑さは激しくならず、ずいぶん楽に感じます。

といっても、お盆はこれから。体調には十分注意して、あと24日間を全力で活動したいと思います。

 

松崎さんてどんな人(2009年8月4日)

昨日、選対の会議で「ホームページを見ても、松崎さんの顔が見えてこない。どんな人か分からないと親しみがわかない」という指摘がありました。なるほどと思った意見は取り入れて、すぐ実行するのが最近の私の流儀ですから、さっそく私自身のプロフィールを紹介してみます。

*    *    *

東京のサラリーマン家庭に生まれ、区立の小・中学校、都立高校を経て東京大学に入学。入学式の翌日に父が病死(受験勉強中、まる1年の入院後)したため、働きながら6年かけて大学を卒業。就職活動中にアルバイト先の厚意や亡父の親友の援助があってアメリカ留学を決意。ハーバード大学の大学院で修士号を取得できました。

在米中に、文藝春秋の月刊誌『諸君!』の依頼で、連邦下院議員選挙に関する論文を寄稿。帰国後は著述を仕事にしようと考えましたが、文春の雑誌や週刊誌の連載を貰えたものの、それほど芽が出ずに悶々とした日々を送りました。

1年あまり後、自民党のシンクタンク/総合政策研究所の主任研究員となり、以後、自民党幹事長付、自民党総裁付として中曽根政権時代の権力中枢を垣間見ると同時に、中曽根首相のブレーンと言われた方々の知遇を得ました。劇団四季の浅利慶太代表との関係もこの頃から。東大の佐藤誠三郎教授とは現代政治分析を共同研究して日本の政治学に期を画し、論壇をリードする評論を多く発表。学習院大の香山健一教授にはテレビ等の仕事を紹介されて、今日につながる基礎を築きます。

細川護煕氏が旗揚げした日本新党の結党時に、私を同氏と結びつけたのが香山教授。直後に実施された参院選(1992)には比例代表選挙に立候補し、次点で惜敗。当時の仲間のほとんどが今、国会議員や自治体の長になっていますが、新党の理想は民主党にこそ引き継がれます。1996年の第1次民主党の結党にも98年の第2次民主党の結党にも参加しましたが、選挙では苦杯をなめ続け、ようやく3度目の2003年総選挙で当選。

埼玉10区を選挙区としたのは、ここが私の地元だから。何代も何百年も住んでいるわけではありませんが、1986年に今の家に越してきて以来、20年以上になります。落下傘候補とは選挙のために便宜的に籍を移すことで、私は落下傘ではありません。みずからの意志でこの地を選んで住み、みずからの意志でこの地を選挙区とし、いわゆる世襲議員たちとは違って、一歩ずつ、一回ずつ、支持を拡大してきた叩き上げの地元密着型の政治家です。

一部の週刊誌で、私が世襲候補とか二世とかに分類されているのは事実誤認です。私はすでに1991年に出版した著書(『日本型デモクラシーの逆説』)で、二世議員とは「選挙地盤を親族から継承して出馬し、当選した職業政治家」と定義しています。これは東大の北岡伸一教授からも妥当と評価され、その結果、学説上はこの定義が定着しています。もちろん、埼玉10区を誰からも継承していません。

家族は妻と、一男二女の子供たち(皆、地元の学校に通いました)ですが、すでに成人して独立しています。

三木武夫元首相は義理の伯父です。亡母の姉が今も元気な三木睦子で、私が政治家になった原点は、常に国民とともに在り、「クリーン」を貫いた三木政治にあるといえます。

著作には議席の世襲を批判した『日本型デモクラシーの逆説』や『名歌で読む日本の歴史』など多数がある他、湯川裕光の筆名で『瑤泉院』『安土幻想』『明朝滅亡』などの歴史小説や、劇団四季のミュージカル台本『異国の丘』『南十字星』『マンマ・ミーア!』を手がけています。

駅立ちは政治の基本(2009年8月3日)

けさは4時半に起き、6時から8時まで、東上線の嵐山駅で駅立ちをおこないました。明日は小川町駅の予定です。その後、北坂戸駅、鶴ヶ島駅、明覚駅と続き、来週、8月12日で選挙前の「駅立ち」を終了します。

早朝の駅頭で、私か民主党のスタッフ・ボランティアから「手渡し」で『プレス民主』埼玉10区版を配布させて頂く活動を、私たちは「駅立ち」と呼んでいますが、市民・町民の皆さまと国政を結ぶ、重要な手段・手法と位置づけています。

政党や個人によっては「駅立ち」を重視しない場合もありますし、駅に立っても、ご挨拶だけで機関紙等の配布をしないやり方も見かけます。しかし私は号外版に綴られた私自身の政策や主張を、出来るだけ多くの方々にお読みいただきたいと考え、毎回、真剣に配布活動をおこなっています(私は配布をスタッフ任せにせず、駅立ちの際には必ず駅のどこかの階段の下にいます)。

選挙の時だけ、多人数で駅に立って気勢を張る行為を、私は好みません。駅立ちは日常活動こそ重要なのだと信じますから、毎週、どこかの駅に立ちます。下の一覧表は、2008年と09年の実施状況を駅ごとに記載してみました。もちろん、私自身が立った記録です。

お配りした後、活動終了前に券売機の周辺やホームなど、ゴミの始末を必ず励行しています。ただし駅員さんに伺うと、電車の網棚に放置されているケースがあるそうです。そこまでチェックは出来ませんので、皆さまも読了後の美化にはご協力をお願い申し上げます。

私の『プレス民主』配布活動は「駅立ち」に限りません。郵送、ポスティング(各戸配布)、新聞折込など様々な方法で実施していますが、時間や費用の制約がありますので、継続的・反復的におこなう意味で、「駅立ち」の重要性は不変です。

 

駅立ち実施状況

駅名 実施日(濃緑が09年)
東武竹沢 08/1/15, 3/25, 7/15, 10/28, 09/1/9, 5/25, 7/24
小川町 08/1/29, 2/21, 3/28, 5/1, 5/27, 7/3, 8/19, 10/7, 10/17, 11/25, 12/24, 09/1/19, 4/9, 5/14, 6/8, 7/15, 8/4
明覚 08/3/7, 7/17, 11/5, 09/1/28, 5/28, 8/7
嵐山 08/1/22, 2/14, 3/18, 4/25, 5/22, 6/18, 7/31, 10/3, 10/15, 11/20, 12/16, 09/1/15, 4/7, 5/12, 6/5, 6/22, 7/14, 8/3
つきのわ 08/1/10, 3/19, 7/16, 10/31, 09/4/20, 6/19
森林公園 08/1/31, 2/22, 3/27, 5/2, 6/2, 7/1, 7/25, 8/27, 9/30, 10/16, 10/22, 12/9, 09/2/2, 3/27, 4/23, 5/26, 6/26, 7/22, 8/10
東松山 08/1/31, 2/22, 3/27, 5/2, 6/2, 7/1, 7/25, 8/27, 9/30, 10/16, 10/22, 12/9, 09/2/2, 3/27, 4/23, 5/26, 6/26, 7/22, 8/10
高坂 08/2/8, 3/11, 4/30, 6/9, 7/9, 8/11, 9/29, 10/27, 12/4, 12/26, 09/1/20, 4/14, 5/19, 6/16, 7/9, 7/29
北坂戸  08/1/18, 2/12, 4/1, 4/8, 4/11, 5/21, 6/20, 7/23, 9/19, 10/9, 12/22, 09/1/16, 3/19, 4/17, 6/1, 6/24, 7/16, 8/5
坂戸 08/1/24, 2/1, 2/19, 4/3, 4/7, 4/9, 5/9, 5/15, 6/10, 6/24, 7/8, 7/29, 8/7, 9/24, 10/20, 11/14, 12/18, 09/1/13, 3/26, 5/18, 6/12, 7/10, 7/30
一本松 08/1/8, 2/26, 7/28, 10/20, 09/4/21, 7/23
若葉 08/2/7, 3/12, 5/7, 6/5, 6/27, 8/6, 9/18, 10/14, 11/18, 09/1/5, 3/24, 4/10, 5/15, 6/9, 7/3, 7/28, 8/11
鶴ヶ島 08/1/25, 2/28, 4/22, 5/23, 6/25, 8/1, 9/26, 10/10, 11/7, 12/11, 09/1/8, 4/6, 5/11, 6/3, 6/30, 7/21, 8/6

 

「政権交代。」の「。」の意味(2009年8月2日)

島田ちやこ参議院議員の応援があるというので、滑川町の森林モールのベイシア店前と、嵐山町のヤオコー嵐山バイパス店前で街頭演説会を催しました。あいにく雨が強く降り、熱心な聴衆の方々には申し訳なく思いましたが、濡れる額を何度もをぬぐいながら、演説をしました。

その内容をつぶさに書きとめる余裕はありませんが、一つ記しておきたいことがあります。それは今年の夏の合言葉となった、「政権交代。」についてです。去年の秋、解散間近ということで民主党は幟りやポスターに「政権交代 準備完了」という標語を使いました。しかし空振りに終わり、麻生内閣が一年続くことになりました。ところが、満を持した解散のはずが、自民党政権の歴史の終わりを迎えようとしているのですから皮肉です。

私たちは、この選挙には「政権交代 準備完了」の標語は使いません。「政権交代。」に変えました。なぜなら、準備が完了した決意を示す段階から、政権交代を現実として受けとめるべき認識を強めることへ進化しなければならないからです。

「政権交代。」の「。」は、終止符です。準備が完了するのでなく、政権交代という作業そのものが完了するのです。

皆さんも、ぜひ「政権交代」と終止符なしでは記さずに、「政権交代。」と、正しく書いていただきたいと思います。

ホームページを近日中にリニューアル(2009年8月1日)

7月21日の解散を受け、総選挙の準備が着々と進んでいます。といっても、私たちにとって「事実上の選挙戦」は今に始まったことでなく、去年(08年)の夏には本番モードになっていましたので、大きく欠けているものはありません。駅立ち、ポスティング、訪問活動、街頭宣伝など、為すべきことを粛々と為すだけです。

それでも、実際に選挙の日程が決まらないと準備できないものもあります。最大のものは「何を争点として戦うか」です。争点が決まって初めて、前面に打ち出す政策やキャッチフレーズが決められるからです。夏か秋か冬か春かで、スタッフやボランティアが、シャツを着るのかジャンパーなのかも変わります。ともあれ、盛夏の8月18日(火)に公示、30日(日)投開票という「真夏の総選挙」になることが決定しましたので、解散直後から今日まで、確立した方針のもとに既定の準備項目を点検しながら進め、あらかた終わりました。

まず、今年の夏のキーワードは「政権交代。」です。この言葉の浸透度は老若男女を問わずにすさまじく、したがって、ポスターや法定選挙はがきなど、すべての器材に「政権交代。」を打ち出すようデザインも変更しました。朱色で「政権交代。」と大きく掲げた幟りやステッカー、マグネットシールなども用意して、活動・運動の中心に位置づけるよう考えています。

次に、このホームページをリニューアルすることにしました。数日中に実施いたしますので、改めてご案内しますが、本欄の「近日雑感&政策アピール」は従前の形に戻して「近日雑感」と「政策アピール」に分けて、「近日雑感」は極力、毎日更新することにします。ただし、公示日から投票日まで(8月18日〜30日)の13日間は法の規制により更新が出来ませんので、ご了承ください。

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