暑い夏の熱い戦い(2010年7月27日)

 臨時国会の召集が30日(金)に正式決定、29日午後には民主党の両院議員総会も開かれます。参院選後、その結果の大きさゆえに膠着していた政治が、ようやく動き出します。といっても本格的には、9月の代表選挙後を待つというのが今の永田町の雰囲気。嵐の前の凪の静けさが漂っています。

 反対に、地元は暑い夏の熱い戦い――東松山市長選挙が始まっています。28日(水)午後6時半から、環境大臣の小沢鋭仁衆議院議員が応援に駆けつけます。東松山市の「松山市民活動センター」(旧中央公民館)で、もちろん私も演説をする予定です。

週末は夏祭り(2010年7月25日)

 この週末は各地で夏祭りと盆踊りのラッシュです。その中で小川町の七夕は埼玉県下でも有名な、大きな催しで、2日間で6〜70万人の人出が見込まれています。ここで屋台(山車)の出発式に参加して鏡割をしたあと、坂戸、鶴ヶ島、東松山と回りました。

 東松山も大きなお祭りです。去年は事務所前に置いておいた「政権交代。」のシールが、瞬く間に3〜4千枚はけました。ところが今年は8時頃から豪雨になって、目抜き通りの私の事務所は雨宿りの若者たち3〜40人がスシ詰め状態に。騒ぎが終わってみれば、これまた思い出に残る夏の夜となりました。

県議補選は江野さん当選(2010年7月23日)

 私の地元では参院選に続いて2つ選挙があります。23日(金)告示の県議補選(東松山市)と、25日(日)告示の東松山市長選挙です。県議補選は10年来の盟友江野幸一さんを友情支援、市長選挙は現市議の松坂喜浩(よしひろ)さんを推薦しています。

 県議補選の江野さんを推薦でなく友情支援にとどめたのは、そうすれば無投票になる(或いは有力対抗馬が出ない)可能性が高かったからです。案の定、届出の事前審査段階では江野さん一人でした。市長選の松坂喜浩さんには、民主党だけでなく連合埼玉やボッシュ労組も推薦しています。

 江野さんは、23日、無投票当選が決まりました。出陣式には自民党の前代議士や県議もいて呉越同舟でしたが、午後5時に無投票が確定し、候補者が1日だけの街宣活動から帰着した後の当選報告会にはその姿は無し。どうして? ちょっと不思議。

お中元で市議が失職(2010年7月22日)

 埼玉県の所沢市議の1人(民主党ではありません)が、2,500円のお中元を配って公職選挙法違反に問われ、最高裁で有罪が確定して失職しました。以前、自民党県議が5,000円相当のサラダ油セットで失職しましたが、要するに金額ではないということです。

 私自身がこのような違反を犯すことはあり得ませんが、それでも最初の頃は、社会慣習とのギャップに悩みました。知人、恩ある方々を訪問する際のちょっとした手みやげやお祭りの寄付も違反だからです。お通夜にも葬儀にも行けない時、お香典を妻に託す事もできません。

 本人持参に限るからです。しかも、本人が後日弔問しても、お香典を差し出せば違反になります。趣旨は、それを認めれば際限なく現金授受が広がるからです。金のかからない選挙の為に正しいとはいえ、規制を知らない方々からは「礼儀知らず」と思われてしまいます。

本当に民主党政権?(2010年7月17日)

国家戦略局を断念? 概算要求基準(シーリング)を復活? え、これって本当に「民主党政権」なの? まるで「財務省政権」じゃないか。いったいどうなっているのか、不可解な事ばかり起きます。

前回の参院選の後、当時の小沢代表は福田首相と大連立構想を進めて大騒ぎになりました。選挙に勝っての政権交代を描いていた幹部たちは「民主党には政権担当能力がない」との危惧に反発したものでした。しかし今、民主党は国民から受けている負託の意味を、真摯に冷徹に見つめ直さねばなりません。

正確には、小沢代表は「政権担当能力がないと思われている状況」と言ったのですが、今となっては言葉の綾を論う必要もありません。鳩山・菅の2代にわたって、大きな期待を受けては早期に支持を失ってしまった事実の重みを、民主党の一員として厳粛に受けとめています。

硫黄島の遺骨収集(2010年7月16日)

 菅総理が硫黄島の遺骨収集を強化する決定をして、厚労省・防衛省など関係省庁に指示をしました。南溟の孤島に戦後65年も放置してきたままだった問題ですから、シベリア抑留補償と同様、こういう課題が民主党になって進むことを、世論も正しく評価して欲しいものです。「何も変わらない」でなく。

 硫黄島は私も2回、視察で訪島しました。高温高湿の壕内などの作業は大変な労苦を伴うでしょうが、しかし為さねばならない責任があります。私は、硫黄島を立入禁止の島とするのでなく、高校生などの研修施設を作るべきだと考えます。或いは、収集をすべての公務員や議員が分担するのも一案。

新議員会館への引越し(2010年7月15日)

選挙が終わって地元から上京したら、議員会館の廊下には段ボールがたくさん積み上げられていました。新しい建物が竣工して、今週末に移転するからです。豪華すぎると批判もされていますが、私にとっては書類と本の山から抜け出せるのが何より助かります。

新しい議員会館は、連休明けの20日(火)から本格稼働します。私の部屋は第2(国会裏、真ん中の棟)の11階、1112号室です。電話は衆議院代表が従来どおりの03-3581-5111番。内線71112 です。直通、FAXは今までと変わりません。

八高線と琉球・沖縄(2010年7月14日)

 群馬県境の神川町で開かれた八高線電車化期成同盟会の総会に出席。高崎から八王子を経て横浜の開港場を直線で結んだ街道は、絹の道といわれて近代化に貢献した歴史がありますが、単線・ディーゼル車輌のままでは宝の持ち腐れ。環境と移動権を重視する交通基本法をテコに、幹線化を目ざすべきです。

 夜は「琉球と沖縄という名称の由来」と題する講演を拝聴。それぞれに歴史的な意味と、対外関係の背景があって、深く考えさせられました。明治以降だけでも琉球藩、沖縄県、琉球政府、沖縄県と変遷しているのです。

参院選に敗北、改選第1党を譲る(2010年7月12日)

 参議院選挙の結果が出ました。昨年夏、「政権交代。」に期待して多くの票を民主党にお寄せ頂いた方々に、少なからず失望の念を感じさせてしまった結果が、この「44議席」だと思うと誠に申し訳なく、私からもお詫びを申し上げます。

 私の地元の埼玉県選挙区(定数3)も2議席獲得を目ざし、新人の大野元裕さんが当選したものの現職の島田智哉子さんが惜敗してしまいました。得票は2人とも55万票前後(3位の大野557,398票、次点の島田544,381票)で、票割りは芸術的でしたし、意図を理解して下さった支持者の方々に敬意を表しますが、敗れた陣営(私の埼玉10区は島田支援重点区)は当然ながら意気消沈します。責任は重点区割りを主導した県連でなく、10〜30万票の目減り*を招いた側にあります。

 2トップの辞任で得られた虎の子の支持率を、いとも簡単に放り出してしまった菅さん。なぜ? 判断ミスを止められなかった党と政府の中枢幹部は、全国の同志の声に、まず率直に答える必要があるでしょう。

 予想された結果が予想の通りに出て、きょうから政治が大きく動き始めます。

*04年の民主票は119万票、07年は141万票ありましたが、今回は計110万票。

ツイッターを始めました(第94回2010年7月11日)

 参議院選挙投票日の7月11日(日)から、ツイッターを始めました。今回の参院選には間に合いませんでしたが、次回の総選挙は「ネット解禁」になります。私の広報手段も、『プレス民主』号外版、ホームページ、そしてツイッターと多彩に展開しておく必要があるからです。

 パソコンあるいは携帯電話からも登録できますので、ぜひ、皆様もフォローしていただくようお願いします。

登録アカウント @mztminshu

http://twitter.com/mztminshu でご覧になれます)

恒例の「対話&バーベキュー」のご案内(第93回2010年7月5日)

歴史的な「政権交代。」が実現した総選挙直前の昨年は休みましたが、今年は毎夏恒例の「対話&バーベキュー」集会を実施いたします。党員・サポーターの方も、後援会メンバーの方も、この号外をご覧いただいているだけの皆様も、一緒に集まっていただき対話と懇親の一ときをすごしましょう。

会場は例年と同じ、ときがわ町の「川の広場」。都幾川の渓流に臨んだ環境抜群の会場です。ぜひ、ご家族でのご来場をお待ちしています。

日時 8月8日(日) 12時〜15時

参加会費 1,000円(中学生以下500円、未就学児無料)

会場 ときがわ町「川の広場」 (駐車可)

ご希望があれば、武蔵嵐山駅から送迎しますので、事前にご相談下さい。

水洗トイレを利用できます。酒類も用意いたしますが、有料で会費とは別売りとします(持ち込み可、酒類以外は会費に含む)。ただし、車を運転してご来場の方は、絶対に禁酒をお守り下さい。

雨天の場合はバーベキューを中止します。荒天が予想される場合には、前々日の8月6日(金)までに対応を決定しますので、事務所にお問い合わせ下さい。

スタッフご協力のお願い

「対話&バーベキュー」の当日、スタッフとしてお手伝い下さる方を募集しています。午前中から準備をお願いできる方、後片付けにご協力いただける方、あるいは開催時間中(12時〜15時)の仕事を分担して下さる方など、老若男女を問いません。ぜひ、ご協力をお願いいたします。

ときがわ町川の広場地図

参院選は最終盤(第92回2010年7月5日)

昨夏、政権交代が実現し鳩山由紀夫内閣が発足しました。が、ご承知のように政権運営の未熟さ等があって、鳩山内閣は国民の皆さまの信を失い、人事を刷新。菅直人首相・枝野幸男幹事長の新体制のもとに参議院選挙を戦うことになりました。

6月24日に公示された参院選は既に終盤に入っていますが、従来の参院選とは異なって関心も高いようです。期日前投票を済まされた方も多いと思いますが、11日の投票日に問われているのは、民意は、ふたたび民主党に「改革の続行」を命じるのか、それとも衆・参に「ねじれ」を生じさせて政治的不安定を再来させてしまうのか、ということです。

民主党は、初期の政権運営に失敗したことを猛省しています。その過ちを教訓に、今度こそ、民意に基づいた「国民の生活が第一。」の政策を着実に実施するように努めます。埼玉選挙区そして比例代表区で示された審判こそ、日本の将来を決定する大きな意味をもつことになるでしょう。

東松山市長選挙

松坂よしひろ氏の写真

民主党埼玉10区総支部にとって、この夏の選挙は参議院だけでは終わりません。その余韻もさめやらぬ7月25日(日)告示・8月1日(日)投開票の日程で、東松山市長選挙が執行されます。すでにご案内をしましたが、この選挙に民主党は現・市議会議員の「松坂よしひろ」氏を推薦しています。

県議補選

市長選挙に自民党の県議が立候補を予定して辞職したため、定数1の西14区(東松山市)は欠員となり、補欠選挙がおこなわれます。この選挙は7月23日(金)告示・8月1日(日)投開票の予定ですが、現段階では民主党が友情支援する「江野こういち」氏のみが出馬を表明しています。他に立候補者がない場合は、23日に無投票当選が確定します。

 

滑川町長選挙

うえの広氏の写真

その後は裏面に掲載しました8月8日(日)の「対話&バーベキュー集会」がありますが、夏も終わる頃、9月7日(火)告示・12日(日)投開票で滑川町の町長選挙が執行されます。民主党は現・町議会議員「うえの広」氏を推薦しています。なお、同月に民主党の代表選挙が実施される可能性もありますので、あらためてご案内いたします。

東松山市長選挙の「松坂よしひろ」氏、滑川町長選挙の「うえの広」氏については、ボッシュ、郵便局、NTT、東京電力、ヤオコー、マルヒロ、マミーマート、教職員、自治体職員、電機産業、自動車産業などの労働組合の連合体である連合埼玉の推薦も決定しています。

 


「月刊日本」掲載一覧


掲載順 名前 生没年 掲載号
1 聖徳太子 574〜622 2005年 3月号
2 伊藤博文 1841〜1909 2005年 4月号
3 道鏡 不詳〜772 2005年 5月号
4 田沼意次 1719〜88 2005年 6月号
5 松平定信 1758〜1829 2005年 7月号
6 大隈重信 1838〜1922 2005年 8月号
7 細川勝元 1430〜1473 2005年 9月号
8 藤原信西 1106〜1159 2005年11月号
9 本多正信 1538〜1616 2005年12月号
10 大伴金村 5世紀前半〜6世紀初 2006年 1月号
11 阿部正弘 1819〜57 2006年 2月号
12 橘諸兄 684〜757 2006年 3月号
13 長崎高資 13世紀末〜1333 2006年 4月号
14 高市皇子 654〜696 2006年 5月号
15 藤原道長 966〜1027 2006年 6月号
16 藤原頼通 992〜1074 2006年 7月号
17 鈴木貫太郎 1867〜1948 2006年 8月号
18 東久邇宮稔彦王 1887〜1990 2006年 9月号
19 幣原喜重郎 1872〜1951 2006年10月号
20 恵美押勝 706〜764 2006年11月号
21 柳沢吉保 1658〜1714 2006年12月号
22-1 道臣命 建国神話 2006年 1月号
22-2 大彦命 建国神話 2006年 1月号
22-3 武内宿禰 建国神話 2006年 1月号
23 勝海舟 1823〜1899 2007年 2月号
24-1 松平信綱 1596〜1662 2007年 3月号
24-2 酒井忠清 1624〜1681 2007年 3月号
25 北条時宗 1251〜1284 2007年 4月号
26 水野忠邦 1794〜1851 2007年 5月号
27 安藤信正 1819〜1871 2007年 6月号
28 藤原良房 804〜872 2007年 7月号
29 藤原基経 836〜891 2007年 8月号
30 高橋是清 1854〜1936 2007年 9月号
31 山本権兵衛 1852〜1933 2007年10月号
32-1 崇伝 1569〜1633 2007年11月号
32-2 天海 不詳〜1643 2007年11月号
33-1 三好長慶 1522〜1564 2007年12月号
33-2 松永久秀 1510〜1577 2007年12月号
34 足利直義 1306〜1352 2008年 1月号
35 北畠親房 1293〜1354 2008年 2月号
36 保科正之 1611〜1673 2008年 3月号
37 長屋王 684〜729 2008年 4月号
38 蘇我稲目 不詳〜570 2008年 5月号
39 蘇我馬子 550頃〜626 2008年 6月号
40 蘇我蝦夷 不詳〜645 2008年 7月号
41 松平春嶽 1828〜1890 2008年 8月号
42 浜口雄幸 1870〜1931 2008年 9月号
43 細川頼之 1329〜1392 2008年10月号
44 土御門通親 1149〜1202 2008年11月号
45 土井利勝 1573〜1644 2008年12月号
46-1 平群真鳥 5世紀後半 2009年 1月号
46-1 平頼綱 13世紀前半〜1293 2009年 1月号
47 田中義一 1864〜1929 2009年 2月号
48 木戸孝允 1833〜1877 2009年 3月号
49 加藤高明 1860〜1926 2009年 4月号
50 石橋湛山 1884〜1973 2009年 5月号
51 岩倉具視 1825〜1883 2009年 6月号
52 桂太郎 1848〜1913 2009年 7月号
53 山県有朋 1838〜1922 2009年11月号
54 黒田清隆 1840〜1900 2009年12月号
55 菅原道真 845〜903 2010年 1月号
56 井伊直弼 1815〜1860 2010年 2月号
57 岸信介 1896〜1987 2010年 3月号
58 池田勇人 1899〜1965 2010年 4月号
59 豊臣秀長 1540〜1591 2010年 5月号
60 石田三成 1560〜1600 2010年 6月号
61 源師房 1008〜1077 2010年 7月号
62-1 藤原百川
732〜779 2010年 8月号
62-1 源師房 737〜785 2010年 8月号
64 西園寺公望 1849〜1940 2010年11月号
65 犬養毅 1855〜1932 2010年12月号
66 近衛文麿 1891〜1945 2011年 1月号
67 佐藤栄作 1901〜1975 2011年 2月号
68 木曽義仲 1154〜1184 2011年 4月号
69 後藤新平 1857〜1929 2011年 5月号
70 西郷隆盛 1827〜1877 2011年 6月号
71 大久保利通 1830〜1878 2011年 7月号
72 藤原忠平 880〜949 2011年 8月号
73 藤原鎌足 614〜669 2011年 9月号
74 藤原不比等 658〜720 2011年10月号

政治を動かすダイナミズム(2010年7月1日)

 山岡広報委員長のもと、代理を続けます。

 鳩山前首相の退陣表明が6月2日。それから一ヵ月とは思えないほど劇的に、世も、世論も動いています。

 首相の交代に伴って支持率がV字回復するのは、世論調査の専門家には自明の理。もちろん、その効果が発現するには多少の条件が必要ですが、菅直人首相の誕生は完璧に近い出来ばえでした。

 偶然? それとも誰かの意図? 飛び交う諸説も、いずれ歴史が解明してくれます。

(『プレス民主』2010年7月2日発行 236号)

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