全党一致で少人数学級実現(第86回2011年3月31日)

 3月31日、衆議院本会議は「義務標準法」を可決、参議院へ送付しました。この法案は昭和50年から続いた公立小学校の「40人学級」を、31年ぶりに改めて「35人学級」とするもので、今年度は小学校に入学間もない1年生について実施します。

 松崎哲久代議士は民主党政策調査会の文部科学部門の座長です。与野党ねじれ国会で廃案の怖れもあった本法案を成立させるべく粘り強く交渉し、修正案の提出者となって、結果的に自民党も共産党も含む与野党の賛成を得ることが出来ました。参議院は4月中旬に可決、成立の見込みです。

 以下に、3月30日の衆議院文部科学委員会における松崎代議士の賛成討論の要旨を掲げます。

 

 我が国、我が社会が優秀な人材によって成り立っているという考えは、ほとんど常識となっています。近代以前から高い識字率を誇り、それが明治以来の近代化を支え、さらに戦後の復興・経済成長の原動力となりました。まさに、「教育立国」であります。

 しかしながら近年、各種の指標で日本の教育水準は必ずしも「世界に冠たる」ものではなくなっている実態が明らかになりました。その原因は様々ですが、「教育立国」の再興を図る必要に迫られているのはいうまでもありません。本法律案の目ざすものは、その一つの方策として(すべてではありませんが)、少人数学級を推進し、教育水準の向上を図るものです。

 少人数学級とは、この際、公立小学校・中学校の学級編制を現行の40人以下から35人以下に引き下げることですが、まず平成23年度は小学1年生を35人以下とします。

 私は、政府の原案でこの目的を達成できるものと確信しておりましたが、不幸にも去る3月11日、東北地方・太平洋沖地震及び大津波が発生いたし、甚大な被害をもたらしました。子どもたちも、家を離れ、古里を離れて他市町村、他県に避難生活を送らざるを得ない状況になりました。そこで、被災地において、また、転学を余儀なくされた市区町村においても、子供たちに対する教育を充実するための措置を、緊急に条文化する修正の必要が生じています。さらに、自民党・公明党からも真摯な提案がなされましたので、これらを共同提案の形で修正案としてまとめました。

 なお、日本共産党提出の修正案については、政府案の35人に対し、30人に順次引き下げること等を内容とするものであります。その追求すべき理念としては必ずしも反対ではありませんが、国及び地方の財政状況等の現実に即した場合、実施は困難と言わざるを得ないと考えます。

 教育は、次代を担う子どもたちを社会全体で大切に育てるという理念の、最も根本にあるものと考えます。ましてや、東北地方・太平洋沖の地震及び大津波による災害の甚大さ・深刻さを考えた場合、日本の将来を彼ら、彼女らに期待するところは誠に大きいと思います。よって、震災・津波被害後の国・地方の財政を鑑みても、なお、教育に対する投資を怠ってはならないと考えるものです。本改正法案が速やかに成立し、円滑な学級編制が実現することを望みます。以上で、私の討論を終わります。

ツイッターより(2011年3月17日)

 このたびの地震・大津波で被災された方々に、謹んでお見舞いを申し上げます。私も一市民としては政府(現政権だけでなく旧政権・官僚・企業等を含めて)に対し言いたいことは山ほどありますが、野党の皆さんも「協力しよう」としている時に、与党の一員が何も言うべきでないので控えます。

 私も、友人・知人には両親を失った人、配偶者や子供を亡くした人、不明の人が複数います。みんな同じです。でも、立ち上がらなければならないし、そのために助け合って、全力を尽くすしかありません。持ち場、持ち場で頑張るのみですから、いたずらな批判は慎みましょう。

 しかし、いつも切り捨てられてきた「郡部」の人間として、これだけは言います。今、私の近くでは1両の電車も走っていません。同じ路線でも都心、区内、郊外区間は動くのに。なぜ? 切り捨てになる理由を説明してほしい。地域エゴからではありません。私の支持者も非支持者も、ただ知りたいのです。

(2011年3月15日付)

ツイッターより(2011年3月8日)

 時ならぬ「春の雪」に、地元だけでなく都心の国会周辺もうっすらと雪景色。前原外務大臣の辞任で3月政局がどう展開していくのか、与党は予算への責任と、もっと大きく統治そのものへの責任があります。そういえば去年は、4月にも雪が降りました。鳩山首相招待の「桜を見る会」の朝…。

(2011年3月7日付)

 地元の嵐山町鎌形は木曽義仲の生誕地です。で、毎春に義仲や遺児義高を顕彰する会を催しています。私の挨拶は「義仲は頼朝に先立って征夷大将軍に任命されたが、世の人はその事実すら忘れている。平家追討の功労者を、同じ源氏が仲間割れして抹殺した。歴史の非情と言えばそれまでだが…」と、寸止め。

 歴史が大きく動く際には様々なことが起きます。革命には反動が付きもの。幾多の先覚者が、僅かの時の差で非命に斃れます。しかし、「それでもなお」と立ち上がる勇気と持続力をもった少数の者のみが、時代を進めてゆくのです。今、誰が誰をとは言わぬが花でしょうが。

(2011年3月6日付)

歴史的検証こそ明日を築く(2011年3月3日)

 3月2日、「政策論議中心の民主党にするフォローアップ会議」(世話人は櫻井充財務副大臣、筒井信隆農水副大臣、松井孝治元官房副長官、北神圭朗拉致特筆頭理事で、いわゆる「中間派」と報道されています)の2回目会合がありました。

 開会前、机の上に置かれていた文書に目を通した議員たちは、皆、押し黙ってしまいました。2009年8月30日の深夜に発表された鳩山由紀夫代表の「勝利宣言」ともいえる声明(末尾に掲載)と、9月16日に鳩山内閣の初閣議で決定された「基本方針」でした。私を含めて、出席した議員たちが「粛として声なし」の状況になったのは、この勝利宣言と基本方針の中身に、一様に衝撃を受けたからです。それぞれの青春時代が甦ったような、まさに甘酸っぱい「共感」という衝撃でした。

 何人かの後に私も発言を求めて、「今や『歴史的古文書』となってしまったこの理念を、民主党政権において何ゆえ実現できなかったのか。政府に入った議員、党執行部を構成した議員、その他すべての議員たちが、あの8月30日には共有していた理念と現状の惨憺たる有様との落差に責任があるはず…、その失敗の検証を敢えて厭わぬことのみが民主党政権の再生につながる」と述べました。出席者の1人だった山岡賢次代議士会長は、私が『歴史的古文書』という褒め言葉を使ったことを褒めてくれましたが、大半の議員は「古文書」に皮肉のニュアンスをより強く感じたようでした。

 私は、「歴史的古文書だけど、この勝利宣言は『五箇条の御誓文』のように、後世、常にそこに立ち返って勇気を奮い起こす力を持つ」とも申しました。確かに、僅か1年半で「歴史」として論じなくてはならなくなった展開は悲しい限りです。しかし、この歴史的検証を真摯におこなうことで初めて、「政権交代の虚と実」、そして「政治主導の明と暗」が明らかになります。

 私は、09年9〜10月の政権始動期に、小さなボタンのかけ違いがあったこと、それが修復されないまま拡大し、さらに様々な要因が加わってしまったことを認識していますが、内閣・各省の政務三役(大臣・副大臣・政務官)、党執行部を経験した議員たちが歴史的検証に加わることで「失敗の本質」がより明快になるでしょう。

 自民党も、最初から巧妙な統治システムを築き上げていたわけではありません。激しい権力闘争を繰り広げる一方で政権党としての責任を問われ続けて、超長期政権の土台を堅固なものにしたのです。自民党政権が安定期を迎えるのは14年後、最盛期は30年後だったことを思えば、1年半は助走期間にもならないでしょう。今こそ民主党議員の真価が問われる時です。

 

国民のさらなる勝利に向けて 2009/08/30

民主党代表 鳩山由紀夫

 このたびの選挙で国民の皆さんは、勇気をもって「政権交代」を選択していただきました。また、民主党に圧倒的な議席をいただきました。

 民主党代表として、国民の皆さんに心から感謝申し上げます。

 同時に、今回の総選挙の結果を民主党全体として、厳粛な覚悟を持って受け止め、その責任を果たしていく決意です。

 今回の総選挙は、自民党を中心とした与党連立勢力対民主を中心とした野党連立勢力が真っ向から対峙し、政権交代を賭した政党選挙が繰り広げられ、政権交代が実現されたという点で日本の憲政史上初めてのケースであり、本日はまさに歴史的な一日となりました。

 私は、今回の選挙結果を、単純に民主党の勝利ととらえてはおりません。国民の皆さんの政治へのやりきれないような不信感、従来型の政治・行政の機能不全への失望とそれに対する強い怒りが、この高い投票率となって現れたのだと思います。

 その意味では、民主党や友党各党はもちろん、自民党、公明党に投票なさった皆さんも、誰かに頼まれたから入れるといったしがらみの一票ではなく、真剣に、日本の将来を考えて一票を投じていただいたのではないかと思います。この夏は、多くの国民が、真剣に日本の未来を考えた四十日間だったのではないでしょうか。そうだとすれば、この選挙、この政権交代の勝利者は、国民の皆さんです。

 私は、この歴史的な出来事には、三つの意義があると考えます。

 それは三つの「交代」です。

 第一には、当然のことながら、政権の交代であります。

 戦後長く続いた自由民主党による事実上の一党支配の弊害は明らかです。

 そうした政治体制を招いた一端は、野党の政権担当意思の欠如でありました。今回の結果を機に、政党は互いの揚げ足取りや批判合戦の政治ではなく、各政党がその長所を発揮し、政策面でしのぎを削り、議会制民主主義を発展させ、国民にとって政治を前進させる、真の意味での責任ある政党制を実現してゆかなければなりません。

 第二には、古いものから新しいものへの円滑な交代と融合です。

 今回、多彩な新人議員が非常に多く当選させていただきました。たとえ永田町での経験が不足していても新鮮な感覚で政治や行政体制を刷新せよとの国民の皆さんの変化への期待、古い体質から新しい改革への審判を重く受け止めさせていただきます。

 私たち民主党は、ベテラン・中堅・若手、そして男性と女性、さまざまな経験、経歴を持った人間が、それぞれの持ち味を出し合い、世代と性別を超えた力の融合を図り、改革を実現することに全力を傾けて参ります。

 第三には、主権の交代であります。

 国民の皆さんは、長く続いた官僚支配・利権政治を終焉させ、本当の意味での国民主権、機会均等の、公正かつあたたかみのある政治を望んで、一票を投じていただきました。

 かつて戦後の復興と高度成長期に、志ある政治家と粉骨砕身の努力を惜しまなかった官僚たちの努力が大きな役割を果たしたことを国民の多くが記憶しています。

 私たちは、政治と行政が誰のために存在しているか、もう一度、その原点に立ち戻り、国民と政治家と官僚との関係をとらえなおさなければなりません。

 私たち民主党は、「政治主導」が、単に政治家の官僚への優位を意味するのではなく、常に国民主導・国民主権を意味しなければならないことを肝に銘じなければなりません。

 「官僚たたき」「役人たたき」、そういった誰かを悪者にして、政治家が自らの人気をとるような風潮を戒め、政治家自らが率先垂範して汗をかき、官僚諸君の意識をかえる、新たな国民主権の政治を実現していきます。

 民主党は、議員一人ひとりが、この大勝に酔いしれることなく、数に奢ることなく国民の皆さんからいただいた議席の意味を深くかみしめたいと思います。

 党利党略や反対勢力への意趣返しに走り、政権交代そのものに浮かれてはならないことを銘記します。

 民主党は、国民の怒り、政治への不信を真摯に受け止め、これまでの負の遺産を一掃し、身動きの出来ない政治・行政の体制を根こそぎ見直して、政治・行政の停滞を打開していきます。

 それを成し遂げて初めて、民主党及び各政党は勝利への道のりを歩み始めることが出来るのだと思います。

 もちろん政治改革だけが、政府の仕事ではありません。

 直近の景気回復や、年金などの諸問題、さらには三十年、五十年先を見据えた、日本の国のあり方を大胆に問う政策も実現させていきたいと考えています。

 戦前、日本は、軍事によって大きな力を持とうとしました。戦後は経済によって国を立て直し、国民は自信を回復しました。しかし、これからは、経済に加えて、環境、平和、文化などによって国際社会に貢献し、国際社会から信頼される国を作っていかなければなりません。

 アメリカと中国という二つの大国の間で、しかし、日本が果たせる役割は小さくないはずです。

 私たち民主党は、日本に暮らすすべての人々が、誇りを持って生活を送れる、新しい国家の形を提言していきたいと考えています。

 私は、本日の国民の皆さんの審判に基づき、明日にも、政権の移行が円滑かつ速やかに行われるよう準備を開始いたします。同志とも協議を進めつつ、現内閣に対しても、国民本位の政権移行に向けて協力を求める必要があります。

 民主党は、新政権の発足とともに、わが国の政治・行政の大刷新にとりかかります。同時に、国益、国民の利益の観点から、必要な措置については、麻生政権の取り組みについても是々非々で判断し、継続発展させていくべき事項も存在すると考えます。喫緊の課題である新型インフルエンザ対策や、安全保障面での脅威への対処、各種の災害への備えなどがまさにそうした政策課題です。

 本日が、国民のさらなる勝利に向けたたたかいの初日となること、民主党は、そのたたかいでの勝利を目指して、これから険しく長い旅路を歩まなければならないことを胸に刻み、これからの一日一日に全力をつくします。

 国民の皆さんのご支援とご協力を心からお願い申し上げて、民主党を代表して私からの御礼と今後の決意とさせていただきます。

ツイッターより(2011年3月2日)

 予算委員会の採決と本会議の開会待ちの一日です。深夜あるいは明日まで持ち越しになるとの見通しもあります。週末、26日に埼玉県連の定期大会がありましたが、そこで「我々は、これまで『国民の生活が第一』を最大の目的としてきたし、これからも目的としていくことを誓う」と決議がされました。

 フロアで聞いていた私(=執行部でないので)は、この文言を決めて党本部に怒られないのかと思いましたが、黙っていました。統一選挙を戦う地方議員たちの悲痛な叫びだからです。「政権交代の歴史的意義を決して忘れていないし、これからも確信していく」という声が届かないもどかしさを拭えません。

(2011年2月28日付)

10区内 関係議員等

上野廣氏の写真
上野 廣(うえの ひろし)
滑川町議会議員、2011年4月19日4選
民主党埼玉県連幹事

〒355-0811
比企郡滑川町羽尾 1159-3
Tel.0493-56-5961

柳谷泉氏の写真
柳谷 泉(やなぎや いずみ)
前吉見町議会議員(2期)、2011年4月24日次点
民主党埼玉県連幹事

〒355-0156
比企郡吉見町長谷 1852-28
Tel.0493-54-1048 Fax.54-8587

手塚重美氏の写真
手塚 重美(てづか しげみ)
民主党埼玉県連幹事
元坂戸市議会議員(1期)、2012年4月15日落選
〒350-0233
坂戸市南町 15-6
Tel.049-284-3903 Fax.284-4364
URL http://www.k5.dion.ne.jp/~teduka/

高橋剣二氏の写真
高橋 剣二(たかはし けんじ)
鶴ヶ島市議会議員、2011年4月24日3選
民主党埼玉県連幹事

〒350-2206
鶴ヶ島市藤金 835-126
Tel.049-271-3217

日坂和久氏の写真
日坂 和久(にっさか かずひさ)
鳩山町議会議員、2011年4月24日再選
民主党埼玉県連幹事

〒350-0314
比企郡鳩山町楓ヶ丘 2-14-10
Tel.049-296-4029 Fax.296-6066

為水順二氏の写真
為水 順二(ためみず じゅんじ)
川島町議会議員、2011年4月24日再選
民主党埼玉県連幹事

〒350-0152
比企郡川島町上伊草 574-7
Tel.049-297-0420

井口亮一氏の写真
井口 亮一(いぐち りょういち)
小川町議会議員、2011年8月28日再選
民主党埼玉10区総支部常任幹事

〒355-0315
比企郡比企郡小川町みどりが丘 5-5-5
Tel.0493-71-5177
井口亮一のメールアドレスはrドットiguchiアットマークceresドットocnドットneドットjpです。

金丸友章氏の写真
金丸 友章(かねまる ともあき)
前嵐山町議会議員(1期)、2011年10月2日次点
民主党埼玉県連幹事

〒355-0205
比企郡嵐山町広野 756-254
Tel.0493-62-9008 Fax.62-9008

栗原博之氏の写真
栗原 博之(くりはら ひろゆき)
前坂戸市議会議員(1期)、2012年4月15日次点
民主党埼玉県連幹事

〒350-0274
坂戸市溝端町 14-11
Tel.049-281-3685 Fax.281-3732

田口幸央氏の写真
田口 幸央(たぐち ゆきお)
前鶴ヶ島市議会議員(1期)、2011年4月24日次点
民主党埼玉県連幹事

〒350-2201
鶴ヶ島市富士見 3-15-201
Tel.049-285-8566 Fax.285-8566
田口ゆきおのメールアドレスはyukiotaguchi2アットマークyahooドットcoドットjpです

瓜田清氏の写真
瓜田 清(うりた きよし)
ときがわ町議会議員、2010年2月21日初当選
民主党埼玉県連幹事

〒355-0354
ときがわ町番匠 171-2
Tel.0493-65-3153


国島としお氏の写真
国島寿夫(くにしま としお)
東松山市議会議員選挙公認候補予定者
2011年4月24日次点

〒355-0026
東松山市和泉町 7-46
Tel.0493-22-5588 Fax.22-2210

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