22.2012年8月24日 文部科学常任委員会「教育委員会制度、スポーツ施策、オリンピックについて」

(衆議院第12委員室 午後1時〜 )

●石毛えい子委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。

 質疑を続行いたします。松崎哲久委員。

●松崎哲久委員 国民の生活が第一の松崎哲久でございます。

 早速質問に入らせていただきたいと思います。

 大津のいじめ事件、先ほど、午前中にも話が出ておりましたけれども、大津市の教育委員会教育長澤村憲次さん、暴漢に襲われて頭部を骨折して入院中と伺っておりますが、謹んでお見舞いを申し上げたいというふうに思っております。

 民主主義の社会にあっては、言論や行動に批判がある場合であっても、私的な制裁や暴力行為があってはならないのは当然のことであります。日本にはまだ健全な民主主義が根づいていないというのが我々国民の生活が第一の認識でございますが、会議の結論の出し方などだけではなくて、こういう点にもあらわれているのではないかというふうに思っております。

 事件に対する対応がどうであったにせよ、暴力で解決を図るという方法には、党派、思想、主義主張を超えてともに闘っていく必要があるというふうに、まず第一番に申し上げたいと思います。

 同時に、暴力事件があったからといって、問題の本質についての議論を控えるべきでないのは言うまでもありません。

 今回の事件については、大津市に第三者委員会が設置されて、その第一回の会合が実は明日、25日だというふうに伺っておりますから、まずはその議論を待たせていただきたいとは思っておりますけれども、多くの国民は、教育委員会のあり方そのものに問題があるということを多かれ少なかれ感じているように思います。

 この点について、大臣はどのように認識をされていらっしゃいますか。また、文科省として、教育制度、教育委員会制度の改革について、どのような検討の取り組みをされているのか、まず伺わせていただきたいと思います。

●平野博文文部科学大臣 昼から、午後からもよろしくお願いします。

 今、松崎議員の方から御提起ございました、まず、教育長に対する暴力事件、これは、私は、何があっても暴力はいけない、こういうことで、大変残念なことでありますし、極めて遺憾なことだ、先生と同様に心からお見舞いを申し上げたいと思っております。

 その上で、教育委員会制度、この問題について、何かやはり問題あるなと国民の多くの方々が感じておられることは、私も認識をいたしております。しかし、教育委員会制度というのは、本来持っている、教育の政治的な中立性、継続性、安定性をやはり確保するために、首長から独立した合議制の執行機関として設けられてきたわけであります。これは特に戦後そういう体系になったわけであります。

 しかし、何か問題あるな、午前中の下村議員の中でも御答弁させてもらいましたが、やはり形骸化している、本当に住民の意向を反映していないんじゃないか等々の問題点を指摘する声も多くあることは事実でございます。

 したがいまして、これまでも文科省としては、何とか工夫をして活性化を図るように、こういうことをしてきたわけでありますが、なかなかそういうところまでいっていないことも事実であります。

 したがいまして、今回の第三者委員会が、あすから第一回目が始まっていきますが、その推移を見ながら、しかし、加えて一方、それにこまねいているわけではなくて、文科省としても、今日までタスクフォースを構成し、この教育委員会のあり方についての議論も並行して進めてきているところでありますので、しっかり応えられる教育委員会制度にしてまいりたい、かように思っております。

●松崎委員 ありがとうございます。

 検討はされていくということではありますが、実は、御党の民主党09マニフェストには、私もよく承知しているんですが、学校理事会と教育監査委員会による運営とチェックに向けて改革するということがもう既に記載されているんですね。ですから、文科省としてこれから検討というのは、もちろんお役所の立場としてわかりますが、民主党政権としてはそういう提案を既に掲げているわけですから、既に政権発足3年になんなんとしているわけですので、ぜひ教育委員会制度の抜本的な改革ということに踏み出すべきではないかというふうに考えます。

 教育委員会の設置というのは、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二条で法定されているわけですから、首長選挙なんかで教育委員会の廃止というのを訴えて選挙に出られる方、当選される方がありますけれども、これは法定ですから、まず国政の課題でございます。私たち国民の生活が第一は、改めて、この委員会制度の抜本的見直しというものに取り組んでまいりたいということをここでは述べさせていただきたいというふうに思います。

 次の課題に移らせていただきます。

 午前中も馳委員等々から綿密にお話がございましたが、ロンドン・オリンピックのことでございます。

 日本が史上最高の38個のメダルを獲得したということで、また、これは初めて銀座でのパレードも行われて、大変に盛り上がりました。最初、月曜日と聞いて、何で日曜日にやらないのかというふうに思いましたが、やってみてわかった。日曜日でしたら、もう混雑し過ぎで大変だということで、あえて月曜日を選ばれたということもわかりました。

 何よりも、この史上最高のメダルを獲得できたということは、個々の選手の皆さんの頑張りにあるというわけでございますが、実は、近年目覚ましい、国のスポーツに対する支援策の充実ということが下支えをしたということは当然ある、私もそういうふうに認識をしております。

 国のスポーツ関連予算、これはスポーツ・青少年局長に伺えればと思いますが、平成20年度から23年度まで、決算ベースでどういう額であるかということを教えていただきたいと思います。

●久保公人スポーツ・青少年局長 スポーツ関連予算に対します決算額でございますけれども、平成20年度が174億700万円、21年度、199億5500万円、22年度、212億3600万円、23年度が217億1100万円となってございます。

●松崎委員 平成24年度、今年度につきましては、もちろん決算は出ていないわけですが、これは予算額はいかほどでございましょうか。

●久保政府参考人 平成24年度のスポーツ関連予算額につきましては、237億9300万円となっております。

●松崎委員 私が平成20年度以降というふうに今お聞きをしたんですが、これは、21年の9月に政権交代があったわけでございます。ですから、政権交代の影響のない20年と、現在あるいは昨年度ということを比べたいという意味で申し上げたわけですが、決算でいえば、20年度の174億円が、23年度には217億円、24%の増加、予算でいえば、20年度190億円が、本年度の237億円ということで、同じく、これは偶然だと思いますが、24%増ということでございます。

 さらに、午前中の質問にもありましたけれども、我が党には、文部科学政策会議メンバーに、金メダリストの谷亮子参議院議員がいるわけでございますが、谷議員によれば、午前中も出ましたマルチサポート事業は、アスリートには大変評判がよかったということでございます。

 馳委員からも指摘がありましたけれども、これはどういう事業で、平成20年度から24年度まで、予算額、先ほどの馳委員の御質問には予算の話が出ていませんでした。これはどういう数字であったかということを、事業については先ほどありましたので、簡単で結構でございます。お願いしたいと思います。

●久保政府参考人 マルチサポート事業につきましては、オリンピック競技大会において確実にメダルを獲得することができるように、メダル獲得が期待される競技をターゲットとして、アスリート支援、研究開発など多方面から専門的かつ高度な支援を戦略的に実施するものでございます。

 予算額につきましては、平成20年度は2億400万円、平成21年度が3億800万円、平成22年度が18億8400万円、23年度が22億4500万円、そして平成24年度は27億4600万円となっております。

●松崎委員 皆さん、聞いていただいてびっくりされたというふうに思います。委員の方ですから当然御承知だったかもわかりませんが、政権交代前の20年度、21年度は2億、3億だったものが、政権交代後の予算編成によって編成されました予算では18億、22億、27億と10倍増になっているわけでございます。民主党政権の政策の中でも成果を上げた事業の何本かの指のうちに入るのではないかと私は思っております。

 私は民主党から離党いたしました者ではありますが、民主党が実施した政策のプラスはプラスとして評価するにやぶさかではない、こう思っております。

 蛇足ながら申し上げれば、プラスもこのようにたくさんあったのに、九仞の功を一簣に欠くような消費税の増税、これがオセロゲームのようにマイナスになってしまったということをぜひ申し上げたいわけでございます。

 話はもとに戻しまして、マルチサポート事業というのは、今局長からも話がありましたように、有望な競技にということですけれども、この種目の絞り方というのが大変よくできているというか綿密にできているというか、そういうふうに感じております。

 夏季については17競技。38個のメダルのうち35個がターゲット競技であったということは、先ほどの馳委員の質問に対しても御答弁がありました。この支援対象の競技で獲得されているのは、当然強い種目に出せばとれるじゃないかというふうに国民の皆さんは思われるかもしれませんが、マイナーと言っては失礼かもしれないけれども、なかなかなじみのない競技、競技人口が少ない種目にも実は目配りをよくしてターゲット競技に入れているということがありまして、例えば、アーチェリー、フェンシング、バドミントン、卓球などもその対象になっていたということなんです。

 実は、ロンドン・オリンピックの大成果の陰には民主党のスポーツ政策あり、このように多少は誇ってもいいのではないかと思いますが、大臣、いかがでしょうか。

●平野文部科学大臣 本当にありがとうございます。民主党の中からも余り褒めていただけないんですが、みんなの党から、あるいは国民生活第一の松崎さんから……(松崎委員「みんなの党じゃなかった」と呼ぶ)いや、松崎さんは国民生活第一とは思わないんですよ、民主党だと思っていますが、お褒めをいただきまして、ありがとうございます。

 本当に、強化戦略方針という方針を踏まえて、38のメダルがとれたということのうち、35個がターゲットの競技種目であったということでもございます。加えて、いわゆる将来性のある部分で考えますと、アーチェリーやフェンシングなどもその中に組み込むことができるようになったということでございます。

 今回、アーチェリーでは女子としては初めて、また、フェンシングでは団体として初めての銀メダルを獲得した、こういうことでございまして、余り、みずから褒めるというよりも、国民の皆さんにお褒めをいただくことを期待しながら、控え目な答弁といたします。

●松崎委員 私も民主党におりました身ですからあれなんですが、民主党はそういうふうに成果をきちんと国民の皆さんに伝えるということが、努力を怠ったとは思いませんけれども、やはり失敗をしたんだというふうに思います。それが今日、いろいろな問題点としてある原因なのではないかなというふうに思います。

 私自身は、民主党におりましたときは文部科学部門会議の座長もさせていただいておりましたので、そういう際に携わったこういう政策が実際に成果を上げているということは、これはぜひ国民の皆さんも御理解をいただきたいと思います。

 しかし、いいことがあれば、悪いこともある。褒めれば、多分その次には褒めないということでございますので、次に進ませていただきたいと思います。

 残念ながら、開会式の選手入場の際に、アーリーデパーチャーという制度にのっとったかどうかは別として、これは、誤誘導だというふうにロンドン側から説明をされているそうではありますけれども、日本選手団が、第4コーナーから入場して100メーター進んだところで、第1コーナーから出されてしまった、あるいは出ていってしまった、こういうことがあったわけです。

 日本の新聞、テレビでは実はほとんど報道されていないわけですが、これは事実なのか。本来なら事実確認を大臣に伺うことではありませんが、先ほど、午前中もお話がありましたけれども、大臣は現場にその際にいらっしゃったわけなので、ごらんになっていたことも含めて、そういうことが本当に行われていたのか、起こったのかということを教えていただければと思います。

●平野文部科学大臣 私も、国会のお許しを得てオリンピックの開会式に参加をさせていただきました。6時間スタジアムにいまして、日本人選手団が入ってきたのは随分最後ごろでございました。ずっと回っていって、途中、こちらの、たくさんの選手のおるところに来ずに向こうの出口から出ていったということは、事実でございます。

 あれっ、なぜかなという素朴な疑問を抱きましたが、これは、大体夜の12時、1時ごろでございましたから、いわゆる先ほど言われたアーリーデパーチャーの、こういうことを含めて、あすに備えて出ていったのかなと僕は善意に実は解釈をしておりまして、隣に久保スポーツ局長がおられたので、これはちょっと確認はしておいてくれよ、ちょっとおかしいぞと。ただ、団旗は、吉田さんは、ずっと最後まで、団旗を設置するところまで行かれましたので、これは明らかにあすに備えての高度な戦略かな、こういうふうに実は私は疑いなく思っていましたが、後で調べていただきますと、事務的なミスだ、こういうふうにわかりました。

 この点については、御党の主濱議員に参議院の場で質問されましたので、そのように答弁をいたしました。

●松崎委員 今大臣から話がありました主濱参議院議員に対する御答弁で、事実であったと御答弁されたことは承知をいたしておりますが、その際に、「最後まで残らなかったことに対して選手自身がどういうふうに今思っておるかということは、」中略して、「私自身聞かせてもらいたい、」このようにも大臣は御答弁されているんです。

 退場できてよかったという親心もあると思いますし、また選手自身もそう思ったかもしれないけれども、参加することに意義があるというオリンピック精神を身に体している選手が、やはり、晴れの舞台、会場で、その場で開会式に参加していたかったという思いも恐らくあると思いますので、まず、「私自身聞かせてもらいたい、」とおっしゃっているんですが、そういう聞き取りはされたんでしょうか。

●平野文部科学大臣 確かに、主濱議員の答弁で、私自身も一度確認したい、こういう答弁をいたしました。

 そういう意味におきまして、選手諸君が帰ってきたのが14日でございますので、それ以降の、担当課を通じて私自身の思いを伝えてございますから、どういうことだったということを確認いたしました。

 その中で、選手の間で、特にこれを問題だ、こういうふうに受けている印象、また、その書きとめもございませんでした。ただ、JOCとしてもこの問題についてはしっかり確認をしてもらいたい、こういうこともあえてつけ加えて、私自身としては、特に選手自身が残念だったというふうに受けとめていない、こういうことでございますので、そういうことでございます。

●松崎委員 私も、文科省の方から事情をちょっと聞いておりますが、今のようなことに加えて、聞き取りの方法ということについて、団体を通じて報告される日ごとの個票というのがあって、それに不満等々が書かれたものはなかったということを伺って、それで特段の不満はなかったというふうに大臣に御報告されているのではないかと思いますが、ちょっとそれは丁寧さに欠ける調査ではないか。やはり晴れの舞台、先ほども申しましたように、そういうことですから、日々団体に報告するものに、残念だった、ひどかったとはなかなか書けないと思いますから、丁寧な聞き取りをぜひしていただきたいなというふうに思います。

 今後、午前中にもありましたように、私たちは、官民そろって、与野党を超えて、2020年の東京オリンピックに向けて招致活動をしていかなければならないわけですから、いくわけでございますから、日本の組織委員会というのは、オリンピックに限らず、こういうイベントの運営について非常にたけているという、これはもう国際的に評判がございますし、また、東京ならこの種の不手際は起こらないんだということをむしろ売りにするような、そういうようなことも含めて、ぜひ今後へ向けて、これをさらなるプラスに転ずるようにしていただきたいというふうに思います。

 私の持ち時間はこれで終わりですので、以上で終わります。ありがとうございました。

松崎哲久の経歴

1976年 東京大学法学部卒業
1979年 米国ハーバード大学大学院修了(Master of Arts取得)。
E.O.ライシャワー、エズラ・ボーゲル博士のもとでハーバード大学の日本研究所Japan Instituteの研究員Associate in Researchを務める。 
1982年 自民党総合政策研究所の設立にともない主任研究員となり、自民党幹事長付(1984年)、同総裁付(1985年)を経て、社会工学研究所政治分析センター主幹に就任(1987年)。
1989年 現代政治分析センターを設立、代表に就任して現在に至る。政治分析、選挙分析の第一人者として著作評論活動の他、テレビ・ラジオ出演も多かった。
1992年 5月、日本新党の結党に参画し、7月26日の参議院比例代表選挙で次点(4人当選の5番)。その後、政策部会長、組織委員長、総務委員長を歴任。
1996年 9月、民主党結党に参加。1996年10月20日の衆議院議員総選挙(埼玉10区)で43,644票対74,839票で落選(惜敗率58.3%)。
2000年 埼玉10区で2度目の立候補、6月25日の総選挙で62,011票対91,094票で落選(惜敗率68.1%)。
2003年 3度目の立候補。自由党との合併直後、11月9日の総選挙で75,083票対87,489票で比例区北関東ブロック8人中5番で当選(惜敗率85.8%)。
衆議院国土交通常任委員会委員、決算行政監視常任委員会委員、政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会委員を務める。
2005年 小泉純一郎首相による郵政解散後、9月11日の総選挙で78,578票対117,477票で落選(惜敗率66.9%)。
2009年 麻生太郎首相は東京都議選の歴史的惨敗の後、7月21日に解散。8月30日の総選挙で123,089票対94,779票で小選挙区で当選。9月の特別国会は衆議院国土交通常任委員会委員に復帰、10月の臨時国会で衆議院文部科学常任委員会理事、議院運営委員会委員を務める。12月、小川敏夫広報委員長の下で、委員長代理に就任。
2010年 6月、鳩山内閣から菅内閣への交代に伴う党人事で、山岡賢次広報委員長の下で委員長代理に留任。
9月、民主党代表選挙後の党人事で、政策調査会の文部科学部門会議座長に就任。広報委員長代理は大塚耕平委員長の下で再任。政治倫理審査会筆頭幹事は退任。
2011年 1月の菅内閣の小規模改造に伴い、馬淵澄夫前国土交通大臣が広報委員長に就任、広報委員長代理は退任。
8月29日の代表選挙で野田佳彦新代表選出、30日首班指名。9月2日、野田内閣認証式。党政策調査会長に就任した前原誠司会長の下、政策調査会副会長と国土交通部門会議座長に就任。9月29日、国土審議会委員に選任、30日、衆議院国土交通常任委員会理事に就任。
2012年 3月30日、消費税増税の党内議論の集約の仕方に抗議して、政調副会長と国土交通部門会議座長の辞表を提出(受理は4月24日)。国土交通常任委員会理事にはとどまる。
6月26日、衆議院本会議で消費税増税法案に反対。7月2日、16年間在籍した民主党を離党、同11日、新党「国民の生活が第一」を結党。役職は政策担当副幹事長、党文部科学政策会議座長。
8月、党「原発ゼロへ!」政策検討会議座長、衆議院文部科学常任委員会理事に就任。

松崎哲久の略歴

衆議院議員、作家

●昭和25年(1950)生まれ。

●東京大学法学部卒業、米国ハーバード大学大学院修了(Master of Arts取得)。E.O.ライシャワー、エズラ・ボーゲル博士のもとで研究員を務める。

●昭和57年(1982)7月、自民党総合政策研究所の設立にともない主任研究員となり、自民党幹事長付、同総裁付、社会工学研究所政治分析センター主幹をへて、平成元年(1989)12月、現代政治分析センターを設立、代表に就任し現在に至る。政治分析、選挙分析の第一人者として評論活動の他、テレビ・ラジオ出演も多かった。

■平成4年(1992)5月、日本新党の結党に参画し、7月の参議院比例代表選挙で次点。その後、政策部会長、組織委員長、総務委員長を歴任。

■平成8年(1996)9月、民主党結党に参加。10月の衆議院議員総選挙(埼玉10区)に立候補したが落選し、平成15年(2003)11月の総選挙で当選。

衆議院国土交通常任委員会委員、決算行政監視常任委員会委員、政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会委員を務めた。

平成17年(2005)9月の郵政選挙で落選、同21年(2009)8月の政権交代選挙で再選。

■民主党政権においては、衆議院政治倫理審査会筆頭幹事、文部科学常任委員会理事、政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会理事、議院運営委員会委員、民主党広報委員長代理、文部科学部門会議座長を経て、民主党政策調査会副会長、国土交通部門会議座長、衆議院国土交通常任委員会理事、国土審議会委員等を歴任。

■平成24年(2012)7月、消費税増税法案に反対して離党後の現職は、「国民の生活が第一」副幹事長(政策担当)、党文部科学政策会議座長、「原発ゼロへ!」政策検討会議座長、衆議院文部科学常任委員会理事。

●なお、湯川裕光の筆名で、小説や劇団四季のミュージカル台本を執筆している。

21.2012年8月24日 文部科学常任委員会「古典の日法案について」

 8月24日の文部科学委員会で可決、同日の本会議で衆議院を通過した古典の日法案は、超党派の議員連盟(会長は福田康夫元首相)が準備し、委員会発議という形で全会派が賛成しました。

 私は、党の文部科学政策会議の座長として会派(国民の生活が第一・きづな)の方針を賛成でまとめましたが、「11月1日」という日付には若干の違和感もないではなかったので、採決の際、下記のような「討論的発言」をすることにしました。(これは草稿で、議事録に残る実際の発言は割愛部分がありますので少し異なります)

 

 松崎哲久です。『国民の生活が第一・きづな』を代表して古典の日法案について発言いたします。

1.第1条の目的については異存なく、第2条において「古典」を広汎に定義しているのも適切であると考えます。

2.第3条の「古典の日」を設けることも特段異存はありませんが、第2項の11月1日とする根拠は必ずしも広く認められたものと言い難い、と指摘せざるを得ません。

3.11月1日は源氏物語にゆかりがあると承知していますが、第2条で広く定義された古典に関わる日は他にもあります。たとえば、

イ)『古事記』は、
 和銅4年(711)9月18日、遷都翌年の平城京(奈良市)で元明天皇が太安万侶に対し稗田阿礼の朗唱した『旧辞』からの撰録を命じ、翌年(712)1月28日、太安万侶が『古事記』3巻を献上。

ロ)『万葉集』は、
 天平宝字3年(759)1月1日、収録された4516首のうち最後におかれ、かつ最も年代の新しい大伴家持自身の歌(新しき年の始の初雪の今日ふる雪のいや重けよごと)が、因幡国府(2004年、鳥取市に合併以前は国府町)で読まれています。

ハ)『古今和歌集』は、
 延喜5年(905)4月15日、紀貫之が平安京の内裏(京都市)で20巻の最初の勅撰和歌集を撰進(『日本紀略』、但し定家本系の真名序には4月18日、流布本によっては4月15日)。

4.以上、古典の日を11月1日とすることには必ずしも賛同しがたいのですが、『古事記』が献上された地である奈良県の知事、家持がその歌を詠んだ鳥取県の知事も「古典の日推進委員会」の特別委員に入っていることでもあり、超党派議連の取り組みによる法案自体に積極的に反対するものでもありません。

5.よってこの「討論的発言」でその趣旨を述べた上で、採決に当たっては会派として賛成したいと思います。

 

 なお、古典の日は祝日法で定める祝日ではないので、「休日」にはなりません。休日でない法定の記念日には、他に子ども読書の日(4月23日)、環境の日(6月5日)、勤労青年の日(7月の第3土曜日)、老人の日(9月15日)、国際音楽の日(10月1日)、文字・活字文化の日(10月27日)があります。

最近のツイッターから(2012年8月17日)

 私がツイッターを始めたのは2年前の代表選挙の際でした。小沢さんと菅さんが激突し党内を二分したあの時ですが、私は小沢支持を前面に出して、新聞やテレビでも発言しました。以来、その主張をやめることも曲げることもなく、今日に至っています。

 小沢さんへの支持を公言するということは、小沢批判に巻き込まれることでもあります。私自身もいわれなき中傷の刃を向けられ、ツイッターも炎上騒ぎに見舞われました。正直、ネットという得体の知れない媒体に身の竦(すく)む思いをいだくこともありました。東日本大震災の後、政務繁忙になったこともあってしばらく休んでいたのも、そういう事情です。

 しかし、世の中がネット社会である現実を避けられない以上、その得失を十分に理解した上で、発信手段として利用すべきなのは申すまでもありません。そこで、新党『国民の生活が第一』の立ち上げを機に、再開することにしました。アカウントは従前とおなじく@mztminshuです。minshuは敢えてそのままにしてあります。

 以下に、新党結成以降のツイッターから抜き書きしました。また、ホームページには最新の4件が自動的に掲載されるようにしてあります。

 

7月12日 昨夕(11日)、『国民の生活が第一』の結党議員大会に参加。代表挨拶、綱領承認と続くうち、久し振りに心がふるえるのを覚えました。民主党が志を失い、国民の生活を蔑(ないがし)ろにしてきたことに鬱屈した思いが募っていましたが、新たな行動目標を得て、国民の皆さんに自信をもって訴えられることを嬉しく感じています。

7月22日 地元活動をしていると、「テレビ見てるよ」とか「民主党やめて良かった」と励まされます。時々、批判される民主党を思わず弁護している自分に気づいて苦笑もしますが。民主党の旗の下に17年も活動していたので、思いは複雑です。

7月28日 埼玉県の原爆死没者慰霊式が浦和で。参列した政党代表の国会議員は、国民の生活が第一(私)、共産、公明のみ。民主は県議、市議、秘書はいましたが国会議員本人は無し。まだ15人も残っているのに。

7月29日 週末、盆踊り、夏祭り等が続きますが、町単位の大きな催しもあります。思い出すのは、3年前、「政権交代。」のシールを作って配ったら、一カ所1時間千枚単位でアッという間に在庫なし。最近、数枚だけ見つけ出し、壁に貼り出してみました。もちろん頭に「もう一度」と付け足して。

7月31日 明日(8月1日)、国民の生活が第一の党本部の開所式があります。外堀通り沿い、日枝神社の鳥居の脇の黒いビルの2Fと3Fです。8月1日は八朔(はっさく)といって、徳川家康の「関東御討入」の吉日です。天下取りの大業がこの日に始まったことを、江戸時代を通じて祝った日です。

8月1日 9時半から党本部事務所開きの神事、10時から開所式。来賓の達増拓也岩手県知事は「国民の生活が第一とは当たり前ではあるが、極めて今日的な課題でもある」と。正にその通り。三遊亭円楽師匠の「政権交代、やり直し」には、「さすが言葉の達人」と感心。私の考えた「もう一度」よりも今の思いにピタリ。

8月2日 1日夕刻、政策の基本方針を発表。(1)いのちを守る「原発ゼロ」へ(2)生活を直撃する消費税増税は廃止(3)地域のことは地域で決める「地域が主役」の社会を! を3つの緊急課題とします。原発ゼロは私たち政策担当が綿密に議論した上で、「10年後を目途に全てを廃止する」と踏み込みました。

8月3日 『国民の生活が第一』はじめ7つの真正野党(自民、公明は除く)が内閣不信任案の提出に合意。実際に手続きが進むのは来週だと思いますが、この週末から各種の動きが始まります。私も間もなく国会を出て地元へ。なお、新党の綱領、政策の基本方針、3つの緊急課題は全文をホームページに掲載してあります。

8月7日 7日15時から、先日95歳で長逝した伯母・三木睦子の献花式。一族のゴッドマザーのような人でしたから、私も人生の折節について思い起こすと多くの感懐があります。その後に国会へ戻って内閣不信任案の提出。野党だった自民、公明が不信任案を否決するかもという憲政史上も未知の領域に、明日から入ります。

8月11日 10日、消費税増税法その他が成立。しかし諦めてはいけない。「近いうち」すなわち来年8月までの間に必ずある総選挙で、凍結とか撤回を求める勢力が多数になればいい。その可否を決めるのが主権者です。日本は国民主権の国だから。

8月15日 全国戦没者追悼式。在職中は毎回参列していますが、新たな発見もありました。来賓として政党の代表者をズラリと並べるのをどうかと思う人も多いでしょうが、新聞協会、宗教者の団体等々と併せ考えれば、戦争責任を問い続けているとも思えます。今日的課題である「翼賛体制」への警鐘として。

8月16日 昨晩のNHKスペシャル『終戦』。見方は様々なのでしょうが、国策を大転換すべきと気づいたのに出来なかった指導者群の姿が活写されていました。大きな失敗を経験しても、惰性や保身や失う利益を考えて頭を切り換えられない高官や各界の権力者たちに、今、正論を貫く勇気が問われます。

なぜ今、新党か――政権交代、やり直し(2012年8月17日)

 3年前の夏、「政権交代選挙」を一緒に戦っていただいた皆様だからこそ、申し上げなくてはなりません。民主党は国民の期待を集めて所期の目的を達しました。50年以上も続いた自民党に替わって、新しい政権をスタートさせたのです。しかし、残念ながら民主党政権は国民から寄せられた熱い思いに応えることが出来ませんでした。

 民主党政権の失敗の原因については、様々な議論が始まっています。政府の要職についた政治家たちの未熟さと力量不足。政治主導の真意を取り違えて官僚の協力を得られなかったこと。その失敗を反面教師として、過度に官僚依存に走る最高指導者が選ばれてしまったこと。それらの結果、民主党政権は政権交代前の理想を失い、官僚主導の政策決定に安住し、支持層の信頼を裏切り続けることになってしまいました。

 党内の不一致、そして分裂の直接の契機は「消費税増税」の可否に関わる党内の議論でした。これ自体は政策論争であり、私は「プレス民主」埼玉10区版でも折にふれ説明して参りました。とはいえ、2010年参院選の直前、菅前首相が唐突に提起し敗北を喫して以来、消費税増税をはじめマニフェスト軽視の姿勢を容認するか否かが、不協和音の底流に存在したことは否めません。

 「原発ゼロ」へ!は達成可能

 マニフェストを軽視することは、政権交代に対して負託された民意を蔑(ないがし)ろにすることに外なりません。それでは民主党政権の正統性すら損なうことになります。1996年の民主党結党の際の標語は「市民が主役」でした。98年の四党合併以降の数年、新自由主義的傾向を強めた時代もありましたが、より徹底した新自由主義を追求した小泉・竹中路線に大敗北した後、2006年に就任した小沢一郎代表によって「国民の生活が第一」を党の基本理念に据えることになったのです。その原点を捨て去ってもよいのか。

 国民の思いを顧みないから、消費者や中小事業者に重税を課すことをいとわない。国民の声を聞かないから、原発に対する不安を無視する。国民の願いを軽視するから、地域への愛着がわからない。そういう政治家たちが幅をきかせている民主党から、私は離れざるを得ないのです。

 消費税増税法は8月10日に成立してしまいました。しかし、次の総選挙で凍結または撤回を求める勢力が多数になれば、実施は阻止できます。政府は2030年の原発依存度を15%に誘導しようとしていますが、私たちの検討によれば、天然ガス・コンバインド・サイクル発電および最新式の石炭火力発電の推進によって「10年を目途に原発ゼロ」は達成可能と考えます。

 民主党は2009年の総選挙に臨み、「政権交代。」を標語とし、私も「。」は完了の意味だと説明して運動しました。しかし、完了していないのです。だからといって元には戻せません。「政権交代、やり直し」、それを目ざすのが私たちの新党です。

新党の政策、基本方針を発表(第92回2012年8月3日)

 8月1日夕刻、、新しい党本部で小沢代表が『国民の生活が第一』の政策の「基本方針」と「3つの緊急課題」を発表しました。

 これで結党日の7月11日に発表された「綱領」と合わせ、新党の基本的な考え方についてのご理解が進むと思います。さらに、小沢代表が記者会見で説明したように、これら3つの項目とこれ以外の重要政策についての取りまとめを、総合政策会議のもとに6つの検討会議を置いて実施します。そして全国の支援者・有識者の皆さまからもご意見・ご提案をいただくことにします。

 このご意見・ご提案の方法については来週半ば(8月8〜9日頃)に発表の予定です。(党のホームページが立ち上がるはずですが、私のこの欄にも掲載いたします)

新党政策チラシ

「国民の生活が第一」の基本方針

(2012.8.1)

 私たち『国民の生活が第一』は、すべての国民が「自立と共生」の理念のもとで、「いのち」を大切にし、安心、安全で安定した「暮らし」を送ることができる社会を追求します。

 日本ではいま、子どもたちがみずから命を断つような教育現場があり、また、自然災害や原発事故で住みなれた地域から避難を余儀なくされ、故郷を失う悲しみを、多くの人びとが経験しました。働きたいのに働く場を与えられない人が多くなる一方で、額に汗して働く人たちが「報われない」との思いを抱くのはなぜか。私たちは、その原因に、戦後日本の政治、行政、経済、社会の有りようが多かれ少なかれ関わっていると痛感しています。その責任から、今の与党も前の与党も、逃れることはできません。だからこそ、その仕組みを一新し、根本から立て直すための不断の努力を続けなければならないのです。

 国民のすべてが、みずからの将来に夢と希望を取り戻し、誇り高く暮らせる日々を実現していくために、私たちは「いのち」と「暮らし」と「地域再生」をキーワードに、以下の政策課題を追求してまいります。

 

3つの緊急課題

1.いのちを守る 「原発ゼロ」へ!

「エネルギー政策の大転換」で、10年後を目途に全ての原発を廃止する。そのために、日本の省エネルギー技術と再生可能エネルギーの普及、効率の良い天然ガスコンバインドサイクル火力発電、さらにエネルギーの地産地消を強力に促進する。

それにより、原発立地地域をはじめ、地域経済の発展と雇用の拡大を実現する。

2.生活を直撃する 消費税増税は廃止!

デフレ不況下での消費税増税は、消費の冷え込み、特に中小企業、農林漁業など弱い立場の人たちの暮らしを直撃するので、断固阻止・廃止する。

まずは、ムダづかいの多い特別会計、政府関係法人の廃止と、官僚の天下りの全面禁止を断行する。

増税に頼らずに予算のつくり方を根本から見直し、「国民の生活が第一」の財源を確保する。

金融・財政政策の積極的な展開により景気の回復を実現する。

3.地域のことは地域で決める 地域が主役の社会を!

東日本大震災の復興の遅れに象徴されるように、中央が全てを決めて地方に押し付ける中央集権体制は、国民の声に応えられなくなっている。行政の権限と財源は地方に大胆に移し、「地域が主役の社会」を実現する。特に、国の補助金と政策経費(合計40兆円)は原則、自主財源として地方に交付する。それにより地域経済を活性化し、デフレ脱却を促進する。

党本部事務所開き(第111回2012年8月1日)

20120801_honbu.jpg 8月1日の9時半から『国民の生活が第一』の党本部事務所開きの神事、10時から開所式がありました。来賓として新党きづなの三輪信昭副代表、新党大地の鈴木宗男代表、達増拓也岩手県知事、三遊亭円楽師匠らが出席し、祝辞を頂きました。

 なお、党本部は外堀通り沿い、日枝神社の鳥居の脇の黒いビルの2Fと3Fです(写真)。8月1日は八朔といって、徳川家康の「関東御討入」の吉日です。天下取りの大業がこの日に始まったことを、江戸時代を通じて祝った日です。


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