人材は残されたか――年頭所感(2013年1月1日)

 歴史家の秦郁彦氏は、「愚者によって愚劣な決定がなされる前には、すぐれた人材を排除してゆく過程が先行する」と書いています。昭和57年(1982)に刊行された『昭和史の軍人たち』の一節にあり、これが歴史の教訓なのです。

 昭和16年の開戦を前に、戦争を回避しようと考えた政治家・軍人たちもいましたが、彼らが無力であったことを、われわれは知っています。良識派の人びとは議会にもジャーナリズムにも守られることなく、テロの恐怖にさらされ、そして沈黙せざるを得なくなりました。残った愚者たちは、経済力、軍事力において圧倒的優勢な米国に対して無謀な戦いを挑み、そして敗れました。その過ちを悔いたからこそ、憲法において不戦の決意をし、経済に特化した政策を追求して繁栄をもたらし得たのです。その戦後史の大前提を知ってか知らずか、今、その国是を転換しようとする動きが勢いづいています。

 昨年末の総選挙は、1)消費税増税、2)改憲・国防軍・核シミュレーション、3)原発は推進か維持、を主張する政党が、いずれも3分の2超の議席獲得という結果になったのです。投票した人びとが望んだのでなくても、選挙の結果は厳然たる事実とされてしまいます。

 問題はこれからです。その事実を知って、それでよいと考えるか、それとも是正すべきと考えるか。私は、世論もいずれ気づくと考えます。選挙時の世論調査によると、たとえば関心事項として「改憲」は3.7%しかなかったのです(朝日新聞)。自民党やその他の改憲政党に与えられた議席は世論が改憲を望んだためではありません。まして、自民党へ投じられた票自体は、惨敗した2009年総選挙よりも少なかったのです(小選挙区2730万→2564万、比例区1880万→1662万)。

 何よりも、新聞やテレビの姿勢が少しずつ変化しています。強権の行使は抑制させようという意図も感じられます。しかし、その動きを具現する人材を、政治は温存しているでしょうか。秦氏の言葉を、もう一度、噛みしめなければなりません。すなわち、愚者によって愚劣な決定がなされる前に、すぐれた人材を排除してゆく過程を先行させてしまったことが、返すがえすも残念です。

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