「友愛」は抽象的ではない(第80回2009年6月23日)

鳩山由紀夫代表が掲げる「友愛」が有名になりましたが、新聞・テレビに登場する記者やコメンテーターは「抽象的だ」と批判します。その影響で、市民・町民の皆さまの中にも、「友愛」は分かりにくいという感想をもたれる方もあるようです。

実は私も、1996年の民主党(第1次)結党の頃は、鳩山代表の近くで発言を聞いて、「愛は現実政治とはミスマッチではないか」と思ったものでした。しかし、その後の自民党政権(とくに小泉・竹中路線)がアメリカ流の新自由主義に傾きすぎ、競争至上主義の、勝ち組優先の政策を強化した結果として格差拡大社会を招いてしまったことを考えると、「友愛」は決して抽象的な空論でなく、今日の日本社会が基づくべき「政治理念」なのだと確信できました。

自民・公明連立政権が主導した補正予算の巨額なバラマキには、財政を預かる者としての責任の片鱗も感じられず、怒りと憤りを覚えますが、どうせバラマキするのなら、せめて、差し迫って必要なところへは支出して欲しかったと思います。「母子加算200億円」の復活は冷酷に拒否し、不要不急のアニメの殿堂には117億円のムダづかい。20代の若者の死因の49%が自殺という社会の異常さは、「人の命よりもコンクリートを大事にする」官僚支配の政治を改革しなければ正せないのです。

 

◆ 官僚的冷たさへの具体的対案のメッセージ ◆

新自由主義は「強者をより豊かにすれば社会全体が潤う」と考えます。しかし、本家本元のアメリカでさえ「繁栄する者のみを優遇していては繁栄は長続きしない」(オバマ大統領)と認識し、その過ちに気づいています。自然界はともかく、人間の社会は弱肉強食の論理だけでは成り立ちません。鳩山代表の「友愛」は小泉・竹中路線の否定を一言に象徴させているのです。

折からNHKの大河ドラマ『天・地・人』で直江兼続が旗印に「愛」を選ぶシーンが放映されました。「ワシの力の源は何かと思うたら、愛の字が浮かんだ。しかし、余り強そうには見えぬ。相手をひるませる気魄にも欠けておるしのう」とためらいますが、妻の勧めもあって兼続は再考し、「この言葉なくして今のワシはなかった。人が人を思う心が、愛」と言って心を決めるのです。まさに時代精神は愛。「友愛」の政治こそ、官僚的な冷たさに対する具体的対案なのです。

 

◆ 地方は着実に政権交代が進んでいる ◆

4月の名古屋市長選挙、5月のさいたま市長選挙、6月の千葉市長選挙と、民主党は3ヵ月連続しておこなわれた政令指定都市の市長選挙に、すべて自民・公明推薦の候補と戦って圧勝し、総選挙を間近に控えて「政権交代」への期待が高まっていることを如実に示す結果となりました。

河村たかし、清水勇人、熊谷俊人の3市長に共通するのは「権力者」のイメージから程遠いことです。自転車作戦で選挙を戦い、電車やバスで登庁し、みずから給料やボーナスを大幅にカットする。驕(おご)らず、偉ぶらず、市民の目線で政治をおこなう。この姿こそ民主党への政権交代を象徴しているのです。

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