日本はどうなる? 官僚主導の政治と訣別(第73回2009年2月16日)

内閣支持率が朝日の14%はじめ全社で20%を切ったのに、麻生首相は「国民が望むのは景気対策」と強弁して、権力の座に居座り続けています。私たちは「政権交代こそ最良の景気対策」と言ってきましたが、証券投資の専門家からも「民主党が総選挙に勝って官僚主導政治から脱却できれば、外国人投資家は評価しよう。この場合、(日経平均は)年内にも1万4000円に届いてもいい」(中西文行SMBCフレンド証券投資情報部長)との声が出ています。政権を失うのを恐れて、解散・総選挙から逃げまくっている麻生内閣では、「国民の生活が第一。」の政策が実行できるはずがありません。民意に基づいた強力な内閣を組織することが何より必要なのです。

経済不況や雇用不安にマスコミの報道量が集中していますが、ここ数年、日本はどうなってしまうんだろうという心配が皆さまの頭から離れないのではないでしょうか。「消えた年金」は問題発覚から2年もたっているのに、ほとんど解決の道筋が見えません(最後のお一人までお支払いしますと言った元首相の公約を、誰も忘れていないはずです)。商店街の活気は失われ、駅前通りですらシャッター通りと化してしまいました。農村は減反と養蚕の衰退で昔の面影はありません。かつての美田が耕作放棄地となって荒れているのを見るのは悲しいものです。医療政策の失敗は地方都市の病院を崩壊させ、緊急医療や周産期の対応すら危機に瀕する事態に至っています。高齢者を大切にしないだけではないのです。子が親を殺し、親が子を殺す歪んだ家族関係。白昼の盛り場で、無差別の通り魔的殺人事件も起きる……。


◆ 規制緩和が市場と個人を暴走させた ◆

現在の日本社会が直面する課題を、嘆いているだけでは解決できません。現象には必ず原因があります。その原因を究明して正していく必要があります。

たとえば経済不況を、麻生内閣は「アメリカ発」とみなして自分たちの責任を転嫁していませんか。たしかに、きっかけは一昨年から指摘されていたサブプライム・ローンの返済不能問題でしたが、歴代の自民党政府がグローバル化を無秩序に許容したことや、金融商品への投資を煽る政策を推進したことが、日本の経済をここまで直撃しているのです。東松山市の社会福祉協議会がリーマン・ブラザーズの社債を一億円も購入し、巨額の損失を招いてしまった事件も、自民党政府が規制を緩めず、関係者が投機まがい商品への「リスク」に対して慎重さを保持していたら、そもそも起こるはずのない出来事だったはずです。

戦後の高度経済成長は、日本的経営に支えられていました。企業は資本家や株主の専有物ではなく、従業員と消費者と、家族や社会に奉仕するためのものだったのです。そのために利益を生み出す必要はありましたが、節度をもって運営されていました。労働組合が経営と協調するかわりに、経営は労働者を大切にして首を切らない。年功序列賃金を皆が受け容れ、終身雇用が技術革新にも寄与しました。それが日本企業の強さであり、社会の安定も保たれていたのです。

1980年代に経済的苦境に陥ったアメリカは、日本に厳しい要求を突きつけてくるようになりました。最初は市場開放で、牛肉・オレンジや自動車が「貿易摩擦」のテーマでしたが、次には日本の成功の秘訣を徹底的に研究し、見習うならまだしも、破壊しようとしたのです。90年代になると、毎年、理不尽な要求を書き連ねた「年次改革要望書」を寄越して、商慣習や小売業まで狙い打ちして構造改革と称しました。

自民党政府はグローバル化の美名のもとに要求に屈し、米、保険、証券、銀行、さらには会計基準まで、アメリカの言うなりに譲歩を続けました。その結果の金融危機でしたが、公共性がきわめて高い郵政三事業まで民営化で解体を強行されると、さすがに懐疑の眼をもつ良識ある人びとが増えてきました。それが「現在」なのです。

 

◆ 対日要望書は日本的経営を標的 ◆

日本は、日本のよさを残した経済社会を築いていくべきです。もちろん国際協調は必要ですし、『日本国憲法』の規定するところです。「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」からには、「自国のことのみに専念してはならない」からです。そして「恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する」ためには、世界の現状を考えれば、日米関係を基軸として外交・安全保障を展開するのが基本であるのは当然です。しかしながら、日本の主権を維持し、アメリカと対等な関係に立つべきは、日本のみでなくアメリカにおいても「責務」であることは、憲法上、論をまちません。

アメリカが日本に要求し、小泉元首相はじめ自民党の最近の指導者たちが追求した「改革」は、日本を競争激化の社会に変貌させることでした。それが「拝金主義」を広め「格差と貧困」を日本中に撒(ま)きちらし、安心・安全すら実感できない、荒(すさ)んだ世の中にしてしまったのです。私は「ぬくもりのある中流社会を再建する」ことが、民主党政権に与えられた使命だと思っています。民主党への政権交代で、その目標を実現しなくてはならないと思うのです。

 

◆ 官僚制国家から国民主権のデモクラシーへ ◆

その方法は、まず、官僚主導政治との訣別です。民主党に政権担当能力があるかという懸念を、私たちは問われ続けました。自民党議員と比べて政策立案、現実処理の能力で同等以上なのに、国民の皆さまからの信頼がいま一つでした。自民党には官僚が協力している事実を、肯定的に見た結果なのでしょう。しかし、現在の日本がかかえる問題は官僚主導の政治だからこそ解決できないという認識がようやく定着してきたようです。読売新聞の世論調査で、51%が「民主党に政権担当能力はある」と答えているのに対し、自民党は去年10月の67%から53%へと激減しているのも、その見方を裏づけています。

国会でも議論された「天下り」や「渡り」の実態はひどすぎます。その仕組みを維持するために毎年12兆円もの巨額の税金を、官僚OBが渡りを繰り返す公益法人に投入しているのです。このムダづかいは何としても是正しなくてはなりませんが、それがかえって、権力の甘い罠にまだ毒されない中堅・若手の官僚たちの士気を高めることにもつながります。そして旧套な官僚たちと自民党の癒着を断ち切る大改革を進めることが、政治を主権者の手に取り戻すことになるのです。

今年は、政権交代の可否を問う総選挙の年です。

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