怒濤の1週間(2009年9月5日)

8月30日の投票、そして開票の後は、怒濤の1週間でした。党本部からは上京を禁じる通達があり、しばらく地元活動を継続するよう指示されています。国会活動、すなわち「政権交代。」の実を極める活動に着手する前夜の状況から、9月の「雑感」を始めたいと思います。

8月30日(日)

当日、午前中に投票を済ませ、午後、事務所へ立ち寄って整理やゴミ片付けの手伝いをした後、いったん帰宅。7時のニュースなどで投票率の上昇を確認した上で、7時半に再度、事務所に向かいました。支援者の皆さんには8時集合とお声かけしていましたが、すでに沢山の方々がお見えでした。

最近、8時の開票終了と同時に当確が出るケースもありますが、私の場合はそんなことはないだろうと思いつつ皆さんと一緒にテレビを囲みました。ところが8時2分にTBSとテレビ埼玉が当確を打ったのでビックリ(後で、テレビ朝日もその頃だと聞きました)。支援者の皆さんも全員集合していなかったので、とりあえず、NHKを待つことにしましたが、どんどん人は増えるしで、結局、9時25分に万歳を三唱しました。

万歳三唱の際、候補者本人も一緒に万歳するケースと、本人は御礼の意味で頭を下げるケースがあります。私は事前に皆さんにお話をしました。「小選挙区当選の結果は、長期間にわたるプロジェクトを共に戦い抜いた、皆さんとの共同作業の成果として実現したもの。だから皆さんと一緒に、私も万歳をしたいと思います」と。

その後も千客万来。深夜になって、さすがに集う人が少なくなっても私たちは待ち続けました。開票立会人として各市・各町に2人ずつ、議員や後援会幹部を派遣しているからです。例年の通り比例の開票よりも小選挙区の開票は早く終わりましたが、最高裁判所裁判官の国民審査があって、すべてが終わったのは午前2時頃。最も時間がかかった立会人が戻ってくるのを待って、もう1回、万歳三唱。その頃までには比例区北関東ブロックの結果も確定していましたので、この日は2時半で事務所を後にしました。

8月31日(月)

開票の翌日は、早朝から駅に立つのが民主党の文化です。私も、前回までは当落にかかわらず駅に立って御礼の挨拶をしてきました(ちなみに、投票前日は深夜12時まで立つのが文化で、今年も北坂戸駅に立ちました)。ところが、今年はどうしたものかと、開票が進むにつれて迷うようになりました。自民党の前職が比例の復活当選ラインにも及ばなかったことを知って、その迷いを断ち切り、「立たない」ことを決めました。

私の選挙区は保守的といわれます。自民党が盤石の地盤をもっていると、相手方の支援者だけでなく、首長も行政も、新聞記者も、当方の支持者すら思っているのです。私は、そんなことはないと思いましたし、この選挙の結果が、それを証明しています。一見、盤石と思われる保守地盤であっても、地殻変動が起こってしまうくらいの失政を自民党がしてきたから、この結果が出たのです。

しかし、保守的と思われている風土には、その前提で流れる情緒があります。私が当選の翌朝に駅立ちをしないことを決めたのは、この情緒を理解するところから、次の選挙を始めなければならないと思うからです。

私は55.1%の得票率(相対)で小選挙区で勝利を収めましたが、絶対得票率(得票数を全有権者を分母として割ったもの)を考えると37.6%です。しかも、自民前職にも28.9%が入っているのです。私が当選翌朝に駅に立てば、「おめでとう」「よかったね」と言ってくださる方が多い反面、3割近くの方は「意外な結果」を快く思われていないに違いありません。それらの方々は、私の立ち姿を「勝ち誇っている」と受けとめてしまうでしょう。また、そういう風土なのですから、そのことが「埼玉10区のただ一人の代表」としての立ち位置に、プラスに作用するとは思えないのです。(相対得票率とは有効投票数に対するもの)

というわけで、今週1週間、私は駅立ちを中止しました。もっとも、今後も駅に立たないわけでなく、来週から、「日常の駅立ち」を再開します。選挙前のこの欄にも書きましたが、もともと駅立ちとは日常の活動として継続してこそ意味があると思っています。選挙の間際になってから、騒々しく多人数で駅に立つのは「駅立ち」の本来の姿ではありません。私は私の流儀で、日常の活動を続けてまいります。

9月1日(火)

午後1時半に、県庁で「当選証書」の交付式がありました。私は代理受領しましたが、証書が到着するのを待って、東松山事務所で看板掲示式をおこないました。(トピックス第80回参照)

4年前に心ならずも撤去せざるを得なかった「衆議院議員 松崎哲久事務所」の看板には特別の思い入れがありました。分厚い木製の板に、墨字でくっきりと書かれた看板は2004年の3月に開設した東松山事務所に掲げていたもので、当時の小沢一郎副代表を迎えて事務所開きのセレモニーもおこないました。翌年9月の郵政選挙で議席を失いましたが、それを今、再び掲示できたのです。この字を書いて下さったSさんも駆けつけて、一緒に喜んでくださいました。

9月2日(水)〜4日(金)

地元の挨拶回り、事務所の片付け、今後の活動体制の検討などに時間を費やす。その中で、2日の4時からは行田邦子参議院議員の久保田秘書、家西悟参議院議員の叶秘書と引き継ぎをしました。お二人には長期間にわたり常駐で、東松山事務所と坂戸事務所の実務を応援して貰ったのです。日常活動のスタッフに、選挙の本番中に獅子奮迅の活躍をして貰うための必要不可欠の後方支援でした。感謝。

9月5日(土)

午前中、選挙会計の収支報告書の準備が進んでいるので、目を通す。公職選挙法は実際に選挙をやったことがない人が法律を作っているので、実務に則さない不都合な規定が多いのです。(公選法に議員立法が多いのは事実ですが、実態は自治省・総務省の官僚が関わっています)

それでも規定どおりにキチンと処理しないと、指弾されてしまうミスを犯すかも知れません。細心の注意を払って作業をチェックしているのですが、14日以内に報告というのは忙しすぎます。

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