いま、なぜ小沢一郎か(第85回2010年9月1日)

民主党代表選挙には、小沢一郎前幹事長と菅直人総理が立候補します。2人とも私はよく知る立場にありますが、今回の代表選挙に臨むにあたっては、誰が「これからの日本」を率いる指導者たるべきかの一点を基準に判断すべきは言うまでもありません。

まず、「円高・株安など経済危機が迫っているのに、代表選挙をすべきでない」というご批判があります。しかし、選挙もなしに現内閣を続けたり、安易な妥協で中途半端な内閣を作ったら、この難局に対処するのに必要かつ強力な政策が断行できません。

評論家は「権力闘争にうつつを抜かしている場合か」と言います。が、自民党総裁選ならいざ知らず、この代表選挙は権力闘争などではありません。1)国民の生活が第一か格差拡大か、2)政治主導か官僚丸投げ復活か、3)予算の組み替えかシーリング方式か、4)デフレ・円高対策か財政規律重視か、等々の政策論争に他なりません。前者と後者の政権運営がもたらす違いは鮮明です。

菅内閣の支持率も「小沢より菅」が望ましいとの声も、余り積極的な理由からではないようです。「1年間に首相が3人も変わっていいのか」「短命内閣は世界に恥ずかしい」といった情緒的なものに過ぎません。しかし、歴史的な変動期には短命政権が続くものなのです。今が幕末・明治維新、戦後改革期に続く第3の変動期だということを皆さまもご認識いただきたいのです。

1944年7月に東条内閣に替わった小磯國昭以降、鈴木貫太郎、東久邇宮、幣原喜重郎は、いずれも1年未満の内閣です。吉田茂は長かったと思いがちですが、第1次は1年で、続く片山哲、芦田均も短命。結局、1949年総選挙で圧勝した後に長期政権になったのです。1867年に徳川慶喜から大政奉還を受けた朝廷は、三職制、政体書、太政官制、公選制、職員令と制度と人をコロコロと変え、1871年7月の太政官職制でようやく現代まで続く行政機構を築き上げました。変革期の先人たちは、朝令暮改と試行錯誤を怖れなかったのです。

短命政権だから不安定なのでなく、政権交代後の最初期とは体制が確立せず、安定しないのが条理です。だから人を替えないことを善しとはせずに、どうしたら政治的安定を確保できるか、つまり、短期で終わらない強力な政治基盤を創出することが必要なのです。

私は今、小沢氏こそがその可能性の最も高い政治家だと確信します。その剛腕で壊すべきものを壊さなければ、戦後60年の自民党政治の澱(おり)は解消しません。140年も続いた官僚政治の弊害は解決できません。その使命を小沢氏に今こそ託す必要があると考えます。

もちろん私は(そして他の小沢支持の同僚議員も)、小沢氏の不人気を知っています。しかし世論調査で政治を決めるのは議会制民主主義の否定です。私たち立法府の人間は、「明日の日本」「未来の社会」をどう築き上げていくかの観点で究極の選択をしなくてはなりません。小沢氏の「政治とカネ」にまつわる疑問符(疑問符に過ぎません)で、その類まれな力量を捨て去ることを得策とは考えないのです。今こそ「政権交代。」の原点に立ち返って成果を出し、実績を積み上げていけば、将来の世論には必ず理解を得られると思います。世論との乖離を自覚するのは、議員心理的には辛さがあります。小沢支持を公言すれば抗議も受けます。しかし「それでもなお」という強い信念で、私たち政治家は行動しなくてはならないのです。

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