制御不能な技術と向き合う(2012年11月1日)

 2011年3月から数ヵ月、戦後史が直面した最大の困難である東日本大震災後の対応について、私は何ともやりきれない思いを抱いていました。非常の事態なのに平時の発想を変えられない政府の、それゆえの無策。実状を承知しているはずなのに有効な手立てが打てない無能な政治。そして、私自身を含む個々の政治家たちの無力…。

 状況を改善しようと同憂の士と語らって事を起こそうと試みれば、認識を共有しようとしない人びとからは「身内で争っている場合か」と紋切り型の批判。その身内に問題があるからこそ党内で解決する責任を果たさねばならぬのに、そうとは言えず、さりとて無為を選べるほど無責任でない辛さ。状況が少しは落ち着いた半年間は、役職に伴って与えられた日常の仕事を精一杯こなすことに意義を見出し、渾身の努力を続けました。が、「ノーサイド」を宣言した後にも試合を続けて恥じない同僚たちと、どこかで袂を分かつことになる予感を禁じ得ない日々でありました。

 その契機が消費税増税法案になったのはご高承の通りです。抜きさしならない党内対立は政策の違いが直接の理由でしたが、より根幹には「国民の生活が第一」という政治目標を2009年政権交代の理念に据えたことの意味を、いかに考えるかの政治哲学の問題があったのです。そして「国民の生活が第一」を基本とするか否かは、現下の時代認識に決定的な差を生じます。それが「原発ゼロへ!」というエネルギー政策の大転換にも関わるのです。

 立ち止まる勇気が必要

 私は10月16日〜21日、『国民の生活が第一』の脱原発視察団の副団長として小沢一郎代表と共にドイツを訪問いたしました。その事前レクで駐日ドイツ大使のシュタンツェル閣下から、「一番安全な原発を作れるのは日本だと思っていた。その日本でさえ重大事故を起こしたのだから、ドイツは脱原発を選ぶしかない」という言葉を聞きました。明治の近代化の際、日本は様々な技術や制度を欧米から受け容れ、習熟し、発展させてきました。電力もその一つですが、日本最大の東京電力ですら原発事故を起こしてしまったことは、やはり「プロメテウスの火」の扱いを熟慮せざるを得ない時なのだと思います。

 実は学生時代、ゼミの一環で東海村の施設を見学したことがありました。その時、放射性廃棄物の処理を放置して進めることに少なからぬ懸念を感じたのですが、当時の社会全体がそうであったように、その疑問を封印して電気を使い続ける選択をしてしまいました。日本の自動車産業がマスキー法の規制をいち早くクリアして、その後の隆盛を築きつつあった時代です。技術革新の力を高く評価するならば、原発についての解決困難な課題も、いずれは克服されると信じられたのです。

しかし、東日本大震災で、技術以前の、政治・行政・企業などの論理や倫理だけでなく個人の気質、勤勉性や規範意識まで問われる部分で、虚構の神話に基づかなければ絶対の安全は担保できないことが明らかになってしまいました。ならば今、われわれが最も必要としているのは立ち止まる勇気なのではないか、と思い至りました。

 実現可能な政策としての「原発ゼロ!」

 私は政治家です。一年前にはその無力を感じて悶々とする日もありましたが、今の今は、「原発全廃」を基本政策の第一に掲げる唯一の政党を作り上げる機会に恵まれたともいえます。したがって、その政策が現実的なものであることを訴え、広く国民に周知することがみずからの使命だと得心し、今後の活動の中心に据えていこうと考えています。新党では政策担当副幹事長として「綱領」と「基本方針」の策定にあたり、また「原発ゼロへ! 政策検討会議」の座長として、基本政策検討案のうちの「エネルギー政策の大転換」をはじめとする政策資料の起草も担当しています。さらに9月7日に衆議院に提出した5会派の『脱原発基本法案』は、「前文」の起草および各条文の修文・調整にあたりました。

 私たちは断言します。政府のように2030年代(27年後の39年まで)に「稼働ゼロを可能とする」といった曖昧表現でなく、2022年までの原発全廃が実現できることを。その時点での代替電源を直ちに再生可能エネルギーに頼ることは現実的でないので、当面は天然ガス・コンバインドサイクル発電と高効率石炭火力発電への置換(リプレース)を促進することで実現し、その後に順次、再生可能エネルギーの比率を高めるべきと考えます。天然ガス・コンバインドサイクルも高効率石炭火力も日本企業が優位性をもつ世界最先端の技術であり、すでに各電力会社が実際に発電している方式です。さらに、洋上風力発電やリチウムイオン電池による蓄電、省エネルギー技術などの組合せによって全く新しい地平を開くことも可能になります。要は、その障害を取り除くための諸課題の解決を政治が決断するか否かです。

 国策の大転換で「いのち」を守る

 現代文明を享受する私たちは、近代化の過程で石炭、水力電気、石油、原子力と、時代によってそのエネルギーの重要度を変えて利用してきました。その確保が日本経済の生命線だったことは事実ですが、生命線を守ると言い募ることで、国民の生命そのものを危険にさらすことになっては本末転倒です。原子力は人類が開発した極めて高度な技術ですが、人間の制御が不能に陥りやすい危ないエネルギーでもあります。私は「人類の叡知」を確信していますが、同時に、その限界もあることは誰しもが謙虚に認めるべきだと思います。

 NHKの今年の終戦特集『終戦なぜ早く決められなかったのか』は、昭和20年の帝国政府と軍部の首脳たちが国策を大転換すべき、すなわち戦争継続は困難と承知していたのに惰性や保身や失う利益を思って言い出せず、結果として惨禍を拡大してしまったと結論づけて紹介し、最近も再放送されていました。私は脱原発も全く同様だと思います。もはや大転換すべき国策なのです。終戦を早期決断できなかった失敗を再び繰り返してはならないのです。

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