ツイッターより(2010年12月27日)

 地元の東松山市民文化センターで、劇団四季の『コーラスライン』。大人向けの演目は初めて実現したので、会場は満席の熱気。ヴァルの樋口麻美さん、ボビーの荒川務さん、ポールの田邊真也さんなど、私と一緒に作品を仕上げたことのある仲間たちも多く、リハーサル前には吉見町のいちごを差し入れました。

 本番は市の教育長も観劇していましたが、四季が地元に根づきつつあるのは有難い話。客席には去年、私の後援会懇親会に浅利さんの計らいで駆けつけてミニライブを上演してくれた木村花代さんもいたのを、終演後に挨拶されて知りました。シーラの増本藍さんも、その時の出演者でした。

終わって、市内で地元の事務所スタッフを集めて年末の慰労会。参院選や代表選挙、続いて入間基地の一件に関する中傷記事など、この1年、スタッフも大変でした。業務は今日も明日も、年末年始も途切れませんが、とりあえず区切りの意味で。

(2010年12月26日付)

 21日夜、代表選挙に際して「政策班」に加わった議員たちの会合を設定しました。もちろん小沢さんも参加してゆっくり話が出来ました。前日に菅総理との会談がありましたから、その様子を窺い知る言葉も幾つか聞きました。「肩が凝ったよ」と、首筋の膏薬に手をあてて苦笑い。お疲れ様でした…

 しかし、「政倫審に出る、出ない」で1時間半も終始したという報道を信じる人も余りないのでは。時の総理と与党の重鎮との官邸会談には、「缶ビールと干からびたチーズ」の一件も記憶に新しいことですし。25日11時にはトロイカ+ワンの会談が開かれますから、何かが始まるのかも知れません。

 政策班の班長として私が嬉しかったのは、細野豪志さんや小林興起さんが駆けつけてくれたこと。時期が時期だけに憶測を呼ぶかも知れないのに、一新会や北辰会以外から参加した議員が多かったことに感謝します。あ、もちろん川内博史さんもいて、最初から最後までウーロン茶を飲んでいました。

 もう一つ嬉しかったのは、帰り際、隣の席のグループに「挨拶してもいいですか」と言って小沢さんを案内すると、大歓迎でオザワコールが起きたこと。隣の席も隣の席も、出口近くの団体さんも、オザワ、オザワの大合唱。そして写真撮影。代表選の熱気を思い出しました。ホソノコールも続きましたよ。

 最後に感激したのは、店の外で私が記者説明していると、雨の中ずっと聞いていた通行中の人がビニール傘を差しかけてくれました。終わると自分は予備があるからと、持ち帰っていいと。一般の方から頂けませんと辞退しても、小沢支持ならいいんだと。ご厚意を受けて、濡れずに歩いて帰れました。

(2010年12月25日付)

 23年度予算案が閣議決定。議員会館の自室には各省庁から次々に部厚い「概要」が届きつつあります。この事務所も地元の事務所も、いち早くその結果を伝えるために待機中です。それにしても世がクリスマスイブの日にこの日程を置いたのは、若い人たちには酷ではない?

 14時から開いた文部科学部会で私が言うと、鈴木副大臣が「遅くなったのは文科省にも責任があるから」と。科研費など最後の最後に文科予算の積み増しがあったためですが、それは「責任」ではありません。全体の予算を最初から24日でなく、2〜3日早めに設定すべきだったのです。来年からは是非。

 結果的に、文科予算は「民主党が科学を重視」し「教育・研究予算の削減に歯止め」をかけ、「若手研究者を支援して成長の牽引力」とすることを示せたと思います。昨年来の誤ったメッセージを少しは回復できる予算案になり、スポーツも文化芸術も過去最高で、これが真の民主党らしさだと私は思います。

(2010年12月24日付)

予算に民意を反映する方法(2010年12月24日)

 国会が終わっても与党議員は超多忙、予算編成に集中する時期だからです。今週、税制改正大綱が決まり、その歳入見込みに基づいて予算に数字が嵌め込まれていきます。

 自民党政権の華やかなりし頃は、大蔵原案から復活折衝を経て政府案を決定するまでが大騒ぎでしたが、民主党政権では一変。税・予算ともに「党見解」をまとめるまでが一つの山で、財務原案なしで政府案を一発決定します。これも民意の反映が要諦ですが…

(『プレス民主』2010年12月17日発行 246号)

ツイッターより(2010年12月21日)

 地元の川島町で、1月23日投票の町長選挙があります。現職が3期目に立候補表明していますが、民主党は町議会副議長の道祖土証氏を推薦します。この名前、選挙向きとは言えないけれど、さいど・いさむと読みます。スポーツ少年団活動に熱心な、いい候補者です。

(2010年12月20日付)

 地元の特定郵便局長会の機関誌に年頭のご挨拶を執筆。その他の団体からも依頼があります。発表前には掲載できませんが、いずれ(つまり年明けには)HPでご紹介したいと思います。気合を入れて、上手に書けたので。

(2010年12月19日付)

 18日午前11時から、テレビ東京系列の『田勢康弘の週刊ニュース新書』に生出演します。朝刊テレビ欄には「小沢氏剛腕復活のマル秘シナリオ」と出ていますが、私に依頼されたテーマは「菅・民主党政権の成果と課題」です。

 私の生出演番組をご覧いただいた方は、田勢さんの「小沢さんは無罪」「政倫審を開くのは無意味」との発言に胸のすく思いだったのではありませんか。冷静に現実を見つめれば当然の評価なのですが、そうは言えないジャーナリストが多い中、勇気に感謝します。本当は勇気なんて不要のはずですが…

(2010年12月18日付)

ツイッターより(2010年12月18日)

 予算編成作業と並行して、選挙区内の各市各町から要望ヒヤリングを実施しています。昨年来の陳情改革で、要望は首長さんたちに上京を求めるのではなく、地元で御用聞きに回ることになり、今年も継続しています。民主党政権になって明らかに変貌したことの一つです。

(2010年12月15日付)

 13日は長く、徒労感の漂う日でした。いま民主党は、否、政権党は、税制と予算編成に専心する時期のはずです。ところが執行部は、いたずらに党内抗争を煽るかのような言動に終始。いくら支持率が激減しているとはいえ、身内に敵を設えて政権浮揚を図ろうとするのは全く感心しません。

(2010年12月14日付)

ツイッターより(2010年12月14日)

 早朝、地元の小川和紙マラソンの開会式。『ランナーズ』のマラソン百選にも入選しているこの大会は18回目、県内外から4千人以上の参加者があり、私の家族もその一人でした。その後、自宅の自治会の餅つきに参加した後、上京して劇団四季の『マンマ・ミーア!』初日公演。

 電通四季劇場「海」の柿落しの演目だった、M・Mは、2002年12月12日が初日。私が四季と最も強く、最も深く関わっていた時期の作品なので(日本語台本を担当)、感慨も一入(ひとしお)。主演ドナはアイーダの濱田めぐみさん、サムは初演スカイの阿久津陽一郎さん(私の作品だと保科少尉)。

 ABBAの楽曲を巧妙に織り成し、40歳のシングルマザーと20歳の娘の、結婚前夜と当日の心模様を描いた作品。一言も疎かにしない四季の俳優のために、私も一字一字、読点に至るまで心を込めて紬ぎ上げました。私の書いたセリフに、笑い、涙する観客の反応を得るのが作家の醍醐味です。

(2010年12月12日付)

民主主義のパラドックス(2010年12月13日)

僭主(せんしゅ)の登場を警戒した古代ギリシアの民主政治は、強いリーダーシップを持つ政治家が現れると、陶片にその名を記して投票し、数の力で国外に追放しました。これをオストラキスモス(陶片追放)といいます。

強力な指導者を次々に失ったアテナイは衰退し、やがてローマ帝国の属邦に組み込まれてしまいます。僭主制を恐れるあまり、いわば世論に拒否権を与えて国益を損なった例が、民主主義の伝統に隠されているのです。

(『プレス民主』2010年12月3日発行 245号)

ツイッターより(2010年12月3日)

 今、本会議が散会し、第176回臨時国会が終了しました。参院選で逆ねじれとなって臨んだ国会ですから、野党主導になったのは予想通りですが、何か根本的な打開策を考えなくては、年明けの通常国会が思いやられます。なお、昨日からHPにトラブルが発生していたようですが、ご覧のように既に回復させました。

(2010年12月3日付)

ツイッターより(2010年11月29日)

 補正予算が成立。仙谷官房長官、馬淵国交大臣への問責決議つきですが、この事態は7月の参院選以来、当然、分かっていたはず。その為に何をし、何ができなかったのか。何をすべきだったかは自明です。参院選で苦杯をなめた候補者、委員会の最前線にいる理事、そして統一選挙の候補者たちの思いも…

(2010年11月27日付)

 今日は、異例ですが8時半から倫選特の理事会。続いて委員会がお昼まで。午後も予算関係のレク、ヒヤリングが続いて、予定では17時40分と20時10分から本会議が2回。あくまでも順調にいって、ですが。

(2010年11月26日付)

新構想で情報発信(2010年11月26日)

 出戻りで委員長代理を務めることになり、本号から『プレス民主』を担当します。

 大塚耕平広報委員長は7〜8年前にも広報の経験があり、野党時代と政権党になっての広報では意味も狙いも重要度も違うとの認識の下、積極的に「広報改革」を進めようとしています。

 本紙も、本格的な紙面改革は新年を目標としつつ、新構想による試作版を製作中です。民主党の新しい情報発信の姿に、ぜひ、ご期待ください。

(『プレス民主』2010年11月19日発行 244号)

ツイッターより(2010年11月24日)

 産経報道後、ご心配をいただいている方に。市民チャリティマラソン、消防特別点検など週末の地元行事を淡々とこなしていますので、ご心配なく。「それが怪しからん」と言う人がいるのも予想の範囲内です。ネット社会の恐さと同時に、支持者の皆さんの有難さをかみしめています。

(2010年11月21日付)

 日本武道館で開かれた「自衛隊音楽まつり」に行きました。間がよくなかったのは確かですが、前から招待されていた予定を私から欠席するのでは気合いが足りないと思って出席しました。防衛省の幹部や同僚議員たちからも励まされ、また演し物の素晴らしさもあって、ここ数日の憂さも晴れました。

(2010年11月20日付)

今後も正論を貫きます

11月の入間基地航空祭で、協力団体の会長による不適切な発言があったことに関して、その当人は「今後の行事では民主党政権批判を自粛する考えを示した」そうです。防衛省が全国の基地等に事務次官通達を出した結果であり、自衛隊の文民統制(シビリアン・コントロール)を確保する上で大きな前進となるはずです。

世界情勢、とりわけ周辺諸国との関係や近海の静穏に懸念が広がる中で、陸・海・空の防衛を専管する自衛隊の存在意義は高まるばかりです。だからこそ、運用については規律を重視し、厳正におこなわれなくてはなりません。

昨年の政権交代以来、入間基地に限らず同様の事例が頻発していて、省内でも問題になっていたそうです。それが異例の通達につながった背景にありますが、戦前のような軍部の暴発を避けるためには、市民の目線による不断の監視を続けていかねばなりません。

正しいことを言い続けると、それを快く思わない人たちは搦手から攻撃をし、脅しをかけてきます。ひとたび「新聞」と名のつく媒体に書かれると、一方的な主張が一人歩きしてしまいます。「火のないところに煙は立たない」とか、「二度と来るなと言うまでのやり取りが問題」との感想を述べる方もありますが、それが謀略の手口です。私が言うはずもない言葉(誰だと…)や態度を報じた記事を鵜呑みにさせて、「恫喝」の印象を形成させようとしているのです。

私は、これまでに何度となく同様な攻撃を受けてきましたから、これで屈するほど軟弱ではない積もりです。最近も、小沢氏支持を鮮明にしてテレビや新聞で発言したことに対する「嫌がらせ」の数々がありましたが、私は政治家として正しい政策を実現するために、発言すべきは発言し、行動すべきは行動しなくてはならない、と思っています。

まして今回の件、すなわち自衛隊の文民統制を守ることの重要性については、1)小沢氏が好きな人も嫌いな人も、2)菅内閣の政策を支持する人も不支持の人も、3)一連の問題への仙谷官房長官の対応を快く思わない人も含めて、すべての「良識ある市民」が不断の注意を払わなければならない問題ではないでしょうか。

もちろん、私が個人として愉快なわけがありません。記事に触発されたネットの世界では、隊員が女性だったと虚言として、つまり、私の人格攻撃までされているのです(言うまでもなく男性)。しかし、「それでも、なお」という心をもつ者が政治家だと信じて、今後も活動して参ります。

 

産経新聞報道に関して

まず、支援者の方々に、大きなご心配をおかけしておりますことをお詫び申し上げます。もちろん、7月の納涼祭の件はいわれなき中傷であり、全く事実無根です。

当日、基地内の誘導の仕方が不適切だと思いましたので、その旨は指摘しました。私に対し暴言を吐いた隊員には手も足も触れていません。「松崎議員自衛官を恫喝」「車逆走指示」「誰だと思っている」と見出しを掲げているのは、謀略の類で新聞報道の名にも値しない記事ですし、とにかく民主党議員を片端から悪者に仕立て上げようとの魂胆が見え透いていて、仲間の多くからも(産経新聞の記者たちを含めて)毅然と対応しろと励まされています。

私が一方通行の「逆走」を要求したこともありません。そこは両面通行の場所でしたから、受付方向に車が通れないと思う方が無理なのです。事情を聞いている時、上官の一人が私の車を誘導してきましたので乗り込みましたが、その際、男性隊員に「二度と来るな」と悪態をつかれました。さすがにムッとしましたが、挑発に乗ったらダメだと思い、こらえて立ち去りました。後日、基地側から謝罪がありましたが、私が謝罪を求めたのではなく、あくまで誘導システムに問題があることを指摘したのです。私は、むしろ彼の立場に配慮して、説明に来た基地の幹部に、「議員とは思わないで言ったのだろうが、誰であれ市民に対して『二度と来るな』と暴言を吐くのは良くない」と言ったものを、当日のことに事実を曲げ、趣旨を全く逆に変えて宣伝されています。が、本筋は11月の話の逆恨みでしょう。

産経は一部しか書いていませんが、11月3日の入間基地航空祭の祝賀会場で、協力団体の会長が「みんなで、一刻も早く菅政権をぶっつぶして、昔の自民党政権に戻しましょう」(防衛省の記録)と、隊員を煽動する発言をしたのです。これが不適切であるのは論をまたないと思います。

翌日に報告を受けた防衛省も「自衛隊法」等の政治的行為の制限に違反するという認識で事務次官通達を出しましたが、自衛隊員に倒閣を煽動するのは、自衛隊は文民である首相や防衛大臣によるシビリアン・コントロールに服する大原則に反します。もちろん、民間人が基地外の、公式行事でない場所で自由に発言するのを封じるものではありません。しかし、その大原則をルーズにしていると、戦前の軍国主義の跋扈による蹉跌を繰り返してしまう恐れがあるのです。

本当は、私はこれを基地内の問題だけにとどめておこうと思ったのですが、自衛隊側の問題意識が本省への迅速な報告になったようです。その判断に異を唱えるものではありませんが、結果、私が狙い打ちにされてしまいました。

事務次官通達は「隊員の政治的中立性の確保について」というものです。市民が市民として菅内閣の政策を批判されるのは自由ですが、そこに隊員を巻き込むかのような動きは、かえって自衛隊の為にもならないと思います。支援者の皆々様に対してお詫びを繰り返しますとともに、関係各位にはご自制をお願い申し上げます。

衆議院議員 松崎哲久

ツイッターより(2010年11月15日)

 消防点検という行事があります。消防団の皆さんが服装や装備・操法等について点検者である市長・町長の観閲を受けるのですが、国・県・地域の議員にも案内があって参加します。消防団員は今でいう「新しい公共」の範疇で意義深い活動ですが、就業形態や生活様式の変化への対応の難しさも感じます。

 14日は、吉見町・嵐山町・ときがわ町、先週は坂戸市・鶴ヶ島市と滑川町、そして21日に東松山市と続きます。規模も人員も違いますが、皆、真剣さが伝わってきます。

(2010年11月14日付)

 広報委員長代理として、今、大塚耕平委員長が進めている「広報改革」の仕事を進めています。野党時代の党広報と、政権党になっての党広報では意味も狙いも重要度も違うという考えの下、種々の媒体の刷新作業が必要だからです。ここ数日、国会・内閣・党の役職を一覧する資料作りに腐心しています。

(2010年11月12日付)

ツイッターより(2010年11月11日)

 3日のツイート内容について「議員の立場として思わせぶりな発言は如何なものか」とご批判がありました。日々刻々と進捗する事象について、当事者ですから書けないこともあります。それを支持率低下の原因と決めつけられても…。全員から賛同されることは望みませんが、ちょっと悲しい思いです。

 と、前フリした上で新たな「思わせぶり」発言をすれば、今日、ある議連の運営に納得がいかないことがありました。この一事に限らず、政権交代以前から掲げ続けてきた旗を次々におろし始めているように感じられてなりません。私たちも戸惑い、思い迷いながら日々の活動をしているのです。

(2010年11月10日付)

 8日の19時から埼玉県連主催のパーティーが浦和のロイヤルパインズホテルで開催されます。それに先立ち、常任幹事会、幹事会、18時から榊原英資氏の記念講演がありますので、半日、浦和にいることになります。去年は月曜夕刻に副幹事長・委員長代理会議があり、大幅に遅れてしまいました。

(2010年11月8日付)

ツイッターより(2010年11月8日)

 昨日(5日)は忙しくて大変だったと言うと、皆さん、「ああ、流出ビデオで」と思われるようですが、さにあらず。文部科学関係の会議が4つ重なったためです。その他に「お茶」と「お米」があり、広報委員会の仕事を2つこなし、地元に戻ったのは零時を回ってしまいました。

 「お米」とは、猛暑で埼玉銘柄の「彩のかがやき」に甚大な被害が出たことへの対策について、県連所属議員とJA埼玉中央会が協議しました。私の埼玉10区はコシヒカリが大半ですが、彩のかがやきが多い県北と東部は深刻です。農水省が共済適用を指示するなど、県連の初動の対応は評価されています。

 文部科学部会でノーベル化学賞の根岸英一先生と意見交換の場を設定しました。根岸教授は大学で応用化学を専攻して帝人社員でしたが、川端前文科大臣は化学工学を専攻して東レ社員。「末は博士か大臣か」と言うと前時代的でしょうが、根岸先生も「夢」を持つ大切さを力説されました。

 根岸教授は色紙に、Pursue your lofty dream with eternal optimism! と書かれるようです。大きな夢を持ち、努力を続けること。民主党政権の現状に対する言葉のようにも感じるのは私だけでないでしょう。もちろん、「僕には夢がある」を意識して。

(2010年11月6日付)

ツイッターより(2010年11月5日)

 今日も殺人的スケジュール。部会に打合せに政調拡大役員会(2回)。国会見学を追いかけ代議士会、本会議に出席し、陳情と来客が計5組。合間に電話が入って、文書を作って、書類の決裁をしたら、もう日が暮れました。

(2010年11月4日付)

 地元の商工祭に出席した後、入間基地の航空祭。書かなくてはならない「事件」もありましたが、まだ進行中なので控えます。上京して今は議員会館の自室で、事務室の使い勝手を少しでも良くするために、レイアウト変更のプランを練っているところ。夜は広報委員会の仕事で数時間コースの見込み。

(2010年11月3日付)

ツイッターより(2010年11月2日)

 党の広報委員長代理に再任されたことは既報しましたが、その関係で今日の19時から約30分、党のインターネットテレビ「スタジオ民主なう」に出演することになりました。党本部の専用スタジオからの生中継です。

http://www.ustream.tv/channel/dpj-channel/

(2010年11月2日付)

ツイッターより(2010年11月1日)

 バス旅行の見送り、敬老文化祭2か所、更に書道展と美術展に行きましたが、書道家を前に筆で芳名録に記名するのは勇気がいる行為です。作品を拝見して心が洗われる気分になるのはいつものことですが、草書体が読めない場合もあります。文化芸術も所管する立場としては少し恥ずかしい思い。

9月に財務副大臣に就任した五十嵐文彦代議士の地元パーティー。埼玉9区内4市2町の全首長が出席で、わが10区とは大違い。私の挨拶は「4半世紀前、小沢鋭仁前環境大臣を含め政策勉強会をしていた仲。兄貴分の五十嵐さんは一番先に大臣になって不思議ないのに、私と同じく選挙は強くないので…」

(2010年10月31日付)

衆議院文部科学委員会の田中真紀子委員長は、多数を擁する民主党を代表して委員長に選任されているのですが、自民党の理事も認めるほど政府と与党に対して厳しい委員会運営をしています。3日前は大臣の答弁に、昨日は副大臣の中座について苦言が。与党委員は皆、緊張して委員会に出席しています。

(2010年10月30日付)

ツイッターより(2010年10月27日)

広報委員長代理に再任することが、26日の常任幹事会で決まりました。大塚耕平委員長は野党時代に広報を担当したことがあり、内閣府副大臣から党へ戻って、新しい与党広報の姿を追求していくことになります。同時に足立信也代理と18人の委員長補佐も決まり、早速、初回の打合せをしました。

9月に党役員人事が一新されて広報委員長代理から離れましたので、再任は意外でした。大塚委員長に「先の代表選で札つきの小沢支持だったけど構わないんですか」と聞き返したくらいです。「広報改革」の大塚構想は壮大な実験になりますが、意を得たものばかりです。焦らず着実に成果を挙げられれば、と思います。

(2010年10月27日付)

週末は地元。体育祭シーズンが終わって今週は文化祭や展覧会系が多く、11月は消防点検に商工祭など。埼玉10区には3市7町ありますから、この掛算は大変です。そういえば昨日、陶芸展で先週の『鑑定団』に出た方と会いました。結果は、その瞬間は居眠りして見なかった、ことにしておきます。

(2010年10月24日付)

ツイッターより(2010年10月22日)

9月29日に文部科学部会の座長に就任したとき、前任者から引き継いだ案件の中に難題が一つありました。それから3週間、慎重に、周到に事を進めて漸く決着しました。けさ、政調会長が文科大臣に会うことで、取りあえず私の仕事は終わり。

(2010年10月22日付)

8時文科部会、40分文科内閣合同、10時大臣所信、11時記者ブリーフ、11時半政調会長代理に報告、1時文科コアで意見聴取、2時半大塚広報委員長、3時文科理事で法案レク受、30分与党理事懇、4時国交部会、5時農水省TPPレク受。文科部会の座長なので本務中心の一日でしたが、ふうー。

(2010年10月20日付)

ツイッターより(2010年10月20日)

 今日の衆議院本会議で凄い人事が決まりました。検察官適格審査会委員に川内博史議員と辻惠議員が選任されたのです。慣例で、各会派が出してきた候補者を議長が指名するのですが、「よくぞ」と思いましたね。隣席の自民党議員もブツブツは言っていましたが、「反対しなかったよね」と釘を刺しました。

 川内博史議員は民主党の「取調べの全面可視化を実現する議員連盟」の会長、辻惠議員は同連盟の事務局長です。冤罪事件を防止するために、相次ぐ検察不祥事や村木局長問題が表面化する以前から、精力的に取り組んできました。その両巨頭ですから、まさに適任。

(2010年10月19日付)

ツイッターより(2010年10月18日)

 チリの落盤事故。33人の生存が判った時、地元東松山市の高坂商工会が救出を待つ彼らへの応援メッセージを込めたTシャツを製作、売り上げをチリ大使館に寄付しました。その思いは確実に伝わり、大使館員の皆さんがそのTシャツを着て歴史的瞬間を迎えるTV映像が流れました。草の根交流の成果。

(2010年10月17日付)

 また訂正です。「30.9歳」が「33.91歳」になったかと思えば、今度は「34.55歳」に。バラバラだった年齢計算日を議決日に統一した結果と言い訳していますが、もはやこの検察審査会の事務能力は信頼に値しません。その事務局が関わった議決も同様、です。

(2010年10月15日付)

ツイッターより(2010年10月14日)

 私が座長を務める政策調査会の文部科学部会に、ノーベル化学賞の受賞が決まった鈴木章先生(北大名誉教授)をお招きして教育と科学技術研究についての意見交換。効率重視の小泉路線で置き去りにされた分野を再興したいというのが民主党の方針ですが、逆方向の誤解を受けているのが残念。

 昨年の事業仕分けで、「一番でなくてはダメ」なのかのみが論点になってしまいましたが、予算を減らしてきたのは小泉さんの構造改革路線です。子どもたちの理数能力の低下も、志望の減少も、教育政策の失敗が原因なのです。その改善を、どの分野から集中投資していくかが問われているのです。

 鈴木先生の受賞を、街の声は「日本人の能力の高さを示した」と喜びましたが、そうも言えません。先生は60年前に教育を受け、30年前の業績を今、評価されました。現在の学生の大半は、世界に冠たる教育を受けてきていないのです。この状況を変えなければ「教育立国」は再現できません。

(2010年10月14日付)

 朝刊を見てビックリ。例の検察審査会の審査員11人の平均年齢が「30.9歳」から「33.91歳」に訂正されたというのです。37歳の審査員を足し忘れたためと説明されていますが、仮に単純ミスとしても余りに杜撰すぎます。まあ、一事が万事なのでしょうが。

(2010年10月13日付)

ツイッターより(2010年10月12日)

10月11日の朝は体育祭、午後は月曜クラブ。月曜クラブとは、毎月、私を応援して下さっている方々と約2時間、じっくり意見交換するフォーラムです。9月は代表選挙の最中5日に実施し、私がなぜ「小沢さんを支持するのか」を聞いて頂きました。70人の参加者のうち、5〜6人以外は小沢支持で一致しましたが…

(2010年10月11日付)

月曜クラブ80人の参加者の大半は、もう代表選挙のことより先の課題をという意見。賛成ですが、権力闘争なら結果が出て終わりで済んでも、政策で競った以上は違いが出てしまうのも理。しかし私は党人ですから、与えられた枠内で全力を尽くすのは当然。現任の文部科学部会座長の職責を果たします。

(2010年10月12日付)

ツイッターより(2010年10月10日)

週末は地元行事が沢山ありますが、雨天だと中止や順延になるものもあって、再調整が一苦労です。それでも声がかかるだけ幸いで、落選と当選、比例と小選挙区、野党と与党など種々の要因でその差が大きく出ます。したがって忙しいのは有難いことで、毎日、感謝の連続です。

(2010年10月9日付)

超党派の映画議連主催『桜田門外ノ変』の試写会を観ました。会場の憲政記念館は井伊直弼邸の跡地です。幕末はテロと弾圧、維新後は変革と反革命の相克があって近代化が達成されていくのですが、いつもながら歴史の中の個人という命題に深く思いを至しました。小沢さんの会見直後でしたし…

(2010年10月8日付)

ツイッターより(2010年10月7日)

これから代表質問の本会議です。船長釈放問題だけでも大変なのに、4日の起訴議決がありましたから猛烈なヤジに見舞われること必至です。前にHPには書きましたが、本会議場の私の議席は自民党議員との境界に近く、声の大きいヤジ将軍が何人もいるのです。

(2010年10月6日付)

菅総理の答弁演説。民主党議員席から拍手がほとんど起こりません。どうして? 私はたまりかねて、菅さんが「ムダを根絶する姿勢は民主党議員全員が共有している大方針だ」と言ったとき、「その通り」と叫びました。ところが民主党席はやっぱりシーン。どうして?

私は不安になって周りの同僚議員たちに「間違えた?」と聞きましたが、「大丈夫」との答え。自民党席は谷垣総裁と稲田朋美議員が質問に立つと、盛んに拍手。菅さんの答弁にはヤジの嵐。民主党席の半分は菅支持なのだから、もっと堂々と戦い、張り合って激励すればいいのに。

(2010年10月7日付)

ツイッターより(2010年10月6日)

 検察審査会の議決は、半ば予想し半ば驚きでした。検察とマスコミによって作られた世論が跋扈している以上、「起訴に至らず」を望むのは百年河清を俟つたとえの通りでしょう。それにしても9月14日に議決とは何という日程設定でしょうか。「政治情勢に無関係」を装っているに過ぎない欺瞞!

(2010年10月5日付)

ツイッターより(2010年10月4日)

秋晴れの下、朝から体育祭が3つ。準備体操も3回続けると結構な運動量。テントを回ると、話題は代表選挙、テレビ出演、そして尖閣諸島。例の検事の証拠改ざんも含めて、代表選後に「小沢政権」への期待も高まってきた感じです。昼すぎ、高校生フェスティバルに参加して、元気を貰いました。

(2010年10月3日付)

大阪地検特捜部の前部長と前副部長が逮捕。現場の検事が「村木元局長は無実」と確信したのに、その主張を封殺したのだから大犯罪です。証拠を改ざんしてまで人を罪に陥れて省みない傲慢な体質が内部告発で明るみに出たことが、せめてもの救い。根が深い事件という本質を決して忘れぬよう。

(2010年10月2日付)

八ッ場に関して、フジテレビは2日の0時40分頃の「ニュースジャパン」で、また湖面2号橋の丁字型の橋脚の映像を使っていました。今、それをオンエアするのは事実と相違しているのに、どうして無頓着なのでしょうか。

(2010年10月2日付)

船長釈放問題(2010年9月27日)

 船長釈放問題につき、松原仁代議士を始めとする民主党有志議員の「緊急声明」に賛同しました。全体像の「詳細不明」は変わりませんが、那覇地検と官房長官が明言したごとく地検の独断的政治判断ならば(もちろん事実は違うとの疑いはあります)、議会制民主主義の根幹に関わる大問題だからです。声明は何本かありますが、現時点で私が賛同した部分を下記に掲げておきます。(9月27日声明の前文3行以外)

 

 尖閣諸島がわが国固有の領土であることは疑いがなく、かつわが国は永年にわたって実効支配を行っており、そもそも領土問題は存在しない。こうしたことを踏まえると、今回の事件の処分にあたり、他国からの発言や行動を考慮に入れる必要は法理上一切ない。

 今回、中国人船長が「処分保留」で釈放されたことによってこの件の捜査は実質的に中断され、近い将来「不起訴」となることが予想される。しかし、容疑者の身柄を拘束し、その上で勾留を延長したということは、容疑者にそれ相応の違法行為があったと検察が判断し、刑事訴訟法第208条の「やむを得ない事由があると認め」たことによるはずである。にも関わらず、「国民への影響や今後の日中関係も考慮すると、これ以上容疑者の身柄拘束を継続して操作を続けることは相当ではないと判断し(鈴木那覇地検次席検事)」、急遽釈放するという那覇地検の判断は、刑事訴訟法第248条の「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」とある要件に該当せず、法理的には適当ではない。

 すなわち、外交問題を一つの理由とする今回の判断は、刑事訴訟法の範疇を超える政治的判断であり、検察の権限を大きく逸脱した極めて遺憾な判断といわざるを得ない。このような決断が検察庁の独断によって行なわれることは、国民が選んだ政治家が国益を踏まえた政治的・外交的決断を行なうという、わが国の議会制民主主義の原則を大きく揺るがすものである。

 われわれ民主党国会議員有志は「処分を保留し釈放」の判断を下したことに強く抗議すると同時に、今後、尖閣諸島近辺でのわが国の漁船などの船舶の安全、諸資源の確保に万全を期すための諸制度・法律の構築をめざす。もとより中華人民共和国からの謝罪と賠償の要求は言語道断であり、「一切応じない」という政府の判断を強く支持する。その上で、立法府に与えられたあらゆる権限を駆使して、真相の究明ならびにわが国の国益にそったあらゆる対応を今後行う決意である。

(以上)

八ッ場ダムの湖面2号橋(2010年9月27日)

八ッ場ダムの現地に行ってきました。マスコミは頻りに「湖面2号橋」の丁字型の橋脚を映して、中止の理不尽さを訴えていましたが、この橋は既に完成しているのをご存知ですか。姑息な世論操作でしょう? だから写真を撮りに行ったのです。情緒論を排し、不要なダム本体をどうするかの議論に特化するのが最善でしょう。

陽当たりのいい住宅地も出来上がり、移転済みの人もいます。造成工事で活気に満ちている部分と、さびれた川原湯の温泉街という落差に心が痛むのは当然です。生活再建というより、地域再建に早く注力できればと思います。

湖面2号橋は、ダム湖の対岸になってしまう川原湯地区と林地区を結ぶ県道付替工事の中核で、去年9月以来、「ここまで進んでいるのに」という中止反対の感情を象徴する存在でした。しかし、本体以外は進める方針は変わらず、実際、工事を続けて完成させたのです。現状を正しく認識するために現在の写真をご覧ください。

八ッ場ダムの湖面2号橋の写真

「プレス民主」の編集後記も最後です(2010年9月22日)

 副大臣・政務官、三役以外の党人事も続々と決まっています。私は当選2回組ですから今までは対象外。国会の理事や党の委員長代理あたりが適当なところですが、小沢支持が目障りだったでしょうから今回は無役かも。従来の広報委員長代理は9月24日号の「編集後記」を書いて、既に職務は終了しています。後記の中身は下記のとおりです。

 本欄担当も最後です

 猛暑と集中豪雨に見舞われた今年の夏。天候の異変は、古来、為政者の失政への警鐘とされてきました。科学の知見が行き渡った今日、信じる人もないでしょうが、政治にたずさわる者すべての自省と自戒の契機とすべきかも知れません。

 あの「政権交代。」の原点に戻り、挙党一致で「改革続行」を。

 政権党になって初めて迎える大幅な人事異動。広報委員長代理も交代ですが、本号は後任決定までの職務執行で担当しました。

(『プレス民主』2010年9月24日発行 240号)

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