「生活の党」への名称変更などについて(2012年12月28日)

 新聞・テレビの報道にあります通り、27日、日本未来の党は党名を「生活の党」、代表を森ゆうこ参議院議員に変更いたしました。一方、嘉田由紀子前代表は、28日にも新たに「日本未来の党」の設立を届け出る予定といわれており、未来の党の両院議員総会は「分党を含む確認書」を承認したと聞いております。

 この間の経緯について、私は詳細を承知しておりませんが、『国民の生活が第一』から合流した私は、「生活の党」の残留するのが自然であり、今後、その手続きを踏むことになります。

 嘉田代表には、実姉で本庄市在住の明堂純子市議会議員ともども選挙の最中に応援をたまわり、感謝しております。選挙の成績が思わしくなかったとはいえ、党の歴史が余りに短い結果に終わったことは残念です。未来の党のすべての候補者が選挙戦で訴えたことは、右傾化し、原発の維持推進へと舵を切る政権が本性をあらわしつつある今こそ、大きな意義をもつものと考えます。その潮流に抗するため、スリムであっても精悍な党を作るしかないと思います。

 2012年の対外業務は明日(29日)で終了いたしますが、来年もよろしくご指導・ご支援をお願い申し上げます。

前衆議院議員 松崎哲久

歴史は流れる水のごとく(2012年12月25日)

 総選挙が終わって10日が経ちました。この間、ひたすら荷物との格闘の毎日でした。落選という結果には付きもので仕方がないのですが、議員会館の事務所と議員宿舎からの退去にすべての時間をついやしていたからです。というわけで、総選挙全体の結果についても私自身の得票についても、まだ十分な分析をする間がありません。

 そんな事情にかかわりなく、世の中は動いていきます。本日午後には民主党の新代表に海江田さんが決まり、明日召集の特別国会で安倍晋三自民党総裁が首班指名されます。「流水日夜下ル(りゅうすい、にちや、くだる)」の理(ことわり)です。

各党が問われるもの(2012年11月16日)

 今、各党が問われている重要な争点があります。

 嘉田由紀子代表が「3・11以後、初めての国政選挙」と指摘したように、東日本大震災に起因する原発事故にどう向きあうか、各党の姿勢が問われるのです。

 

 私は『未来の党』に合流した『国民の生活が第一』の脱原発政策の責任者です。その立場で、9月7日に衆議院の五会派が提案した「脱原発基本法案」の提出者となっただけでなく、案文の起草にもあたりました。その前文の冒頭は、

 

東日本大震災における原子力発電所の事故から学び取るべきものは何か。世界で唯一の原子爆弾の被爆国でありながら、虚構の安全神話の下で推進してきた我が国の電力政策の見直しが、その重要な課題であることは論をまたない。

原子力発電は、潜在的な危険性の高さにおいても、放射性廃棄物の処理においても、信頼性及び安全性が確保されたエネルギーではない。一旦事故が起これば幾多の人々が故郷を追われ、働く場を失い、家族を引き裂かれるのみならず、周辺地域や国民経済に与える甚大な被害や人々の不安と恐怖を考えれば、むしろエネルギーとして、極めて脆弱なものであった。

 

で始まります。この選挙に立候補する者すべてが、この認識をもっているのか。民主党、自民党、日本維新の会の党首の発言を聞く限り、共有はされていないようです。

 私たち『日本未来の党』は、原発稼働をただちにゼロにし、十年後までに全廃を確定することを強く主張しています。基準の厳格化や、発送電分離と電力自由化などで市場の論理を徹底すれば、自然に原発は消滅すると言う人たちもいます。しかし、私が前文を、

 

ここに、我々は、国家として「脱原発」を明確にし、その確実な実現を図るため、この法律を制定する。

 

と結んだように、脱原発は国家の意志として決めなければならないのです。それが政治の責任であり、その国民の総意を示す機会が「3・11以後、初めての国政選挙」です。

 私たちは埼玉県出身(本庄市生まれ、熊谷女子高校卒)の嘉田代表のもと、この課題に積極的に取り組みます。

 

 『未来の党』の「政策要綱」

1.原発のない再生可能エネルギー社会へ/原発稼働ゼロから全原発廃炉の道筋を創ります。

2.全員参加型社会へ/子どもや女性の声なき声をきちんと政治に反映させます。

3.安心・安全を実感できる社会へ/みなさんの生活に対する不安を取り除きます。

4.家計の復活へ/消費増税法は凍結します。

5.行政・司法の抜本改革の断行/国民・地域の立場に立った行政・司法に改めます。

6.主権国家としての権利を堅持へ/食品の安全・医療制度を守り、品格ある外交を展開します。TPPに反対。

12・16総選挙は政策を訴えて、戦う(2012年11月18日)

 私たち「生活」は、政策の党です。7月11日の結党のときに制定した「綱領」(http://matsuzakit.jp/article/14508259.html)、8月1日の「基本方針」((http://matsuzakit.jp/article/14489077.html))と3つの緊急課題、9月7日の「基本政策検討案」(http://www.seikatsu1.jp/)、そして19日発表予定の「基本政策第2次案」は、それぞれの段階で議論を深め、進化させてきましたが、基本は全く揺らいでおりません。

 新聞・テレビなどマスコミの報道は、差別的と思われるほど意図的に『国民の生活が第一』を無視していますので、私たちの真の姿が市民・町民の皆さまに正しく伝わらないのが残念です。しかし、これから30日間、わが党「生活」の考え方を他の党とじっくりと比較してみてください。私たちが2009年政権交代以前からの理想を捨てることなく、強い者が一人勝ちする社会よりも、弱い立場の人びとが安心して暮らし、将来に希望をもてる社会を追求していることをご理解いただけると思います。

 繰り返し申し上げますが、私たち『国民の生活が第一』は政策の党です。

脱原発と、脱消費増税と、脱官僚主導

 この3つが、『国民の生活が第一』が今回の総選挙を前に取りまとめた緊急課題です(8月1日の基本方針は「地域が主役の社会を」としていますが、何ごとも中央官庁が決めて地方におろすやり方を改める意味で、両者は同じことです)。

 私たちは選挙のために、年来の主義主張を曲げたり、政策の違いに目をつむることが出来ません。とくに原発が是か非か、不況下に消費税増税を強行するか撤回するか等の政策課題は、決して「小さな問題」ではあり得ません。国民の「いのち」と「暮らし」を守るため、私たちの新党にこそ、是非、ご期待ください。

ドイツ原発視察団に参加して(2012年11月16日)

機関誌「国民の生活が第一」11月号(11月15日付)に掲載された私のエッセイを再録いたします。

 

 「脱原発先進国ドイツ」の視察は、期待どおりの成果を得るとともに予想を上回って「啓発」された旅ともなった。

 海外とはいえEU諸国の政治経済については、日本でも豊富な情報が入る。だから種々の設問に予め答を用意して、それが検証できれば「期待どおりの成果」になる。しかし分からないのが人びとの思いである。

 ドイツ人は、なぜ熱心に脱原発を語るのか。政治家も実務者も技術者も消費者も、脱原発の理念と手段について、確信に満ちた思いを述べる。立場の異なる多くの人たちに話を聞いて、その意味が分かってきた。

 ドイツは1986年のチェルノブイリ事故に衝撃を受けた。地続きの近隣国である。その悲惨な報告を深刻に受けとめ、2002年に20年後の脱原発を決めた。が、スリーマイル、チェルノブイリから時が経つと、事故は老朽化した特殊な事例という見方も広がった。

 メルケル政権は一旦は最長14年の稼働延長を決めたが、技術力や勤勉さなどでドイツが信頼を寄せる日本の最大企業でも起きてしまった事故を教訓に、再び2022年に期限を短縮した。その逡巡に対する反省が、事故後3ヵ月で8基を止めることにドイツの官民を一つにしたのだろう。

 日本はこの夏、原発ゼロでも乗り切れたことをデータは語っている。われわれにも着実に進む方法はあるのだから、後は国民が危険なエネルギーに訣別をする決断を下せるかどうかにかかっている。

制御不能な技術と向き合う(2012年11月1日)

 2011年3月から数ヵ月、戦後史が直面した最大の困難である東日本大震災後の対応について、私は何ともやりきれない思いを抱いていました。非常の事態なのに平時の発想を変えられない政府の、それゆえの無策。実状を承知しているはずなのに有効な手立てが打てない無能な政治。そして、私自身を含む個々の政治家たちの無力…。

 状況を改善しようと同憂の士と語らって事を起こそうと試みれば、認識を共有しようとしない人びとからは「身内で争っている場合か」と紋切り型の批判。その身内に問題があるからこそ党内で解決する責任を果たさねばならぬのに、そうとは言えず、さりとて無為を選べるほど無責任でない辛さ。状況が少しは落ち着いた半年間は、役職に伴って与えられた日常の仕事を精一杯こなすことに意義を見出し、渾身の努力を続けました。が、「ノーサイド」を宣言した後にも試合を続けて恥じない同僚たちと、どこかで袂を分かつことになる予感を禁じ得ない日々でありました。

 その契機が消費税増税法案になったのはご高承の通りです。抜きさしならない党内対立は政策の違いが直接の理由でしたが、より根幹には「国民の生活が第一」という政治目標を2009年政権交代の理念に据えたことの意味を、いかに考えるかの政治哲学の問題があったのです。そして「国民の生活が第一」を基本とするか否かは、現下の時代認識に決定的な差を生じます。それが「原発ゼロへ!」というエネルギー政策の大転換にも関わるのです。

 立ち止まる勇気が必要

 私は10月16日〜21日、『国民の生活が第一』の脱原発視察団の副団長として小沢一郎代表と共にドイツを訪問いたしました。その事前レクで駐日ドイツ大使のシュタンツェル閣下から、「一番安全な原発を作れるのは日本だと思っていた。その日本でさえ重大事故を起こしたのだから、ドイツは脱原発を選ぶしかない」という言葉を聞きました。明治の近代化の際、日本は様々な技術や制度を欧米から受け容れ、習熟し、発展させてきました。電力もその一つですが、日本最大の東京電力ですら原発事故を起こしてしまったことは、やはり「プロメテウスの火」の扱いを熟慮せざるを得ない時なのだと思います。

 実は学生時代、ゼミの一環で東海村の施設を見学したことがありました。その時、放射性廃棄物の処理を放置して進めることに少なからぬ懸念を感じたのですが、当時の社会全体がそうであったように、その疑問を封印して電気を使い続ける選択をしてしまいました。日本の自動車産業がマスキー法の規制をいち早くクリアして、その後の隆盛を築きつつあった時代です。技術革新の力を高く評価するならば、原発についての解決困難な課題も、いずれは克服されると信じられたのです。

しかし、東日本大震災で、技術以前の、政治・行政・企業などの論理や倫理だけでなく個人の気質、勤勉性や規範意識まで問われる部分で、虚構の神話に基づかなければ絶対の安全は担保できないことが明らかになってしまいました。ならば今、われわれが最も必要としているのは立ち止まる勇気なのではないか、と思い至りました。

 実現可能な政策としての「原発ゼロ!」

 私は政治家です。一年前にはその無力を感じて悶々とする日もありましたが、今の今は、「原発全廃」を基本政策の第一に掲げる唯一の政党を作り上げる機会に恵まれたともいえます。したがって、その政策が現実的なものであることを訴え、広く国民に周知することがみずからの使命だと得心し、今後の活動の中心に据えていこうと考えています。新党では政策担当副幹事長として「綱領」と「基本方針」の策定にあたり、また「原発ゼロへ! 政策検討会議」の座長として、基本政策検討案のうちの「エネルギー政策の大転換」をはじめとする政策資料の起草も担当しています。さらに9月7日に衆議院に提出した5会派の『脱原発基本法案』は、「前文」の起草および各条文の修文・調整にあたりました。

 私たちは断言します。政府のように2030年代(27年後の39年まで)に「稼働ゼロを可能とする」といった曖昧表現でなく、2022年までの原発全廃が実現できることを。その時点での代替電源を直ちに再生可能エネルギーに頼ることは現実的でないので、当面は天然ガス・コンバインドサイクル発電と高効率石炭火力発電への置換(リプレース)を促進することで実現し、その後に順次、再生可能エネルギーの比率を高めるべきと考えます。天然ガス・コンバインドサイクルも高効率石炭火力も日本企業が優位性をもつ世界最先端の技術であり、すでに各電力会社が実際に発電している方式です。さらに、洋上風力発電やリチウムイオン電池による蓄電、省エネルギー技術などの組合せによって全く新しい地平を開くことも可能になります。要は、その障害を取り除くための諸課題の解決を政治が決断するか否かです。

 国策の大転換で「いのち」を守る

 現代文明を享受する私たちは、近代化の過程で石炭、水力電気、石油、原子力と、時代によってそのエネルギーの重要度を変えて利用してきました。その確保が日本経済の生命線だったことは事実ですが、生命線を守ると言い募ることで、国民の生命そのものを危険にさらすことになっては本末転倒です。原子力は人類が開発した極めて高度な技術ですが、人間の制御が不能に陥りやすい危ないエネルギーでもあります。私は「人類の叡知」を確信していますが、同時に、その限界もあることは誰しもが謙虚に認めるべきだと思います。

 NHKの今年の終戦特集『終戦なぜ早く決められなかったのか』は、昭和20年の帝国政府と軍部の首脳たちが国策を大転換すべき、すなわち戦争継続は困難と承知していたのに惰性や保身や失う利益を思って言い出せず、結果として惨禍を拡大してしまったと結論づけて紹介し、最近も再放送されていました。私は脱原発も全く同様だと思います。もはや大転換すべき国策なのです。終戦を早期決断できなかった失敗を再び繰り返してはならないのです。

脱原発を決定する責務(2012年9月28日)

 通常国会が事実上の最終日を迎えた9月7日、『国民の生活が第一』は、新党きづな、社会民主党、改革無所属の会、減税日本、新党大地・真民主と共同して、『脱原発基本法案』を提出しました。

 自民党は安倍新総裁だけでなく、総裁選に出馬した全候補者がすべて原発推進派です。民主党は「2030年代の原発稼働がゼロを目ざす」とし、野田内閣はその線で「エネルギー・環境戦略」をまとめたものの、経済界等からの批判を受けて閣議決定を見送り、「参考文書」に格下げするという失態を演じました。

 もちろん、30年代つまり39年までに稼働をゼロにするという目標を掲げる人たちを、真の脱原発派と称することは出来ません。国民の8割近くが「原発ゼロ」を望んでいる事実を脅威に感じて、脱原発を装おうとしているに過ぎないからです。しかし、政府の対応が一日にしてブレたために、真の脱原発派と偽の脱原発派を見分ける手間が省けたといえるかも知れません。

 私たち『国民の生活が第一』は、あくまでも達成可能な目標として「10年後を目途に全ての原発を廃止する」としています。「稼働をゼロ」ではありません。再稼働は原則として認めないのですから、もっと早期に稼働はゼロになるはずです。残念ながら大飯原発の2基は再稼働させてしまいましたが、電源構成、燃料調達、技術革新の進捗度を見ながら、廃止を確定していく期間を可能な限り短縮するのです。

 原発を代替する電源構成を、ただちに再生可能エネルギーに頼ることは無理なので、当面は天然ガス・コンバインドサイクル発電と高効率石炭火力発電への置換(リプレース)を促進することで実現し、その後に順次、再生可能エネルギーの比率を高めるべきと考えます。(詳細は http://matsuzakit.jp/article/14537023.html 「基本政策検討案」で参照可能です)

 今こそ政治の決断が必要

 私たちは日本の技術革新の力を確信しています。上記の天然ガス・コンバインドサイクル発電は日本企業が優位性をもつ世界最先端の技術であり、すでに各電力会社が実際に発電している方式です。さらに、洋上風力発電やリチウムイオン電池による蓄電、省エネルギー技術などの組合せによって全く新しい地平を開くことも可能になります。要は、その障害を取り除くための諸課題の解決を政治が決断するか否かです。

 9月7日の5会派6グループが共同提出した『脱原発基本法案』は、市民グループの提言を引きついで各会派で修文・起草したものですが、3月11日に起きた重大事故から何を学び、どのような責務を負い、そして今、為すべきことは何かの歴史認識を示したものです。「政治」が問われているのは、まさに「脱原発」を国家の意思として明確にすることである、と宣言したものです。

 法案の全文は http://matsuzakit.jp/article/14534926.html 「脱原発基本法案を提出」に掲載してありますが、特に「前文」を是非、ご一読いただきたいと思います。条文は9条のみですが、原発を廃止する大方針を「閣議決定」以上の法律で定めることに大きな意義があります。第3条で脱原発の実施時期を「遅くとも、平成32年から37年(2020年から25年)までのできる限り早い3月11日までに」と定めていますが、これは様々な意見をもつ各会派が合意できる幅をとったものであり、提出会派のすべてがそこまで容認しているという意味ではありません。『国民の生活が第一』は8月1日発表の「三つの緊急課題」で「10年後(すなわち2022年)を目途」としていますが、その後の議論で更に短縮できないかを検討しています。

 

※従来、この項目のタイトルは「近日雑感」でしたが、今後は「近日偶感」に改めさせていただきます。

最近のツイッターから(2012年8月17日)

 私がツイッターを始めたのは2年前の代表選挙の際でした。小沢さんと菅さんが激突し党内を二分したあの時ですが、私は小沢支持を前面に出して、新聞やテレビでも発言しました。以来、その主張をやめることも曲げることもなく、今日に至っています。

 小沢さんへの支持を公言するということは、小沢批判に巻き込まれることでもあります。私自身もいわれなき中傷の刃を向けられ、ツイッターも炎上騒ぎに見舞われました。正直、ネットという得体の知れない媒体に身の竦(すく)む思いをいだくこともありました。東日本大震災の後、政務繁忙になったこともあってしばらく休んでいたのも、そういう事情です。

 しかし、世の中がネット社会である現実を避けられない以上、その得失を十分に理解した上で、発信手段として利用すべきなのは申すまでもありません。そこで、新党『国民の生活が第一』の立ち上げを機に、再開することにしました。アカウントは従前とおなじく@mztminshuです。minshuは敢えてそのままにしてあります。

 以下に、新党結成以降のツイッターから抜き書きしました。また、ホームページには最新の4件が自動的に掲載されるようにしてあります。

 

7月12日 昨夕(11日)、『国民の生活が第一』の結党議員大会に参加。代表挨拶、綱領承認と続くうち、久し振りに心がふるえるのを覚えました。民主党が志を失い、国民の生活を蔑(ないがし)ろにしてきたことに鬱屈した思いが募っていましたが、新たな行動目標を得て、国民の皆さんに自信をもって訴えられることを嬉しく感じています。

7月22日 地元活動をしていると、「テレビ見てるよ」とか「民主党やめて良かった」と励まされます。時々、批判される民主党を思わず弁護している自分に気づいて苦笑もしますが。民主党の旗の下に17年も活動していたので、思いは複雑です。

7月28日 埼玉県の原爆死没者慰霊式が浦和で。参列した政党代表の国会議員は、国民の生活が第一(私)、共産、公明のみ。民主は県議、市議、秘書はいましたが国会議員本人は無し。まだ15人も残っているのに。

7月29日 週末、盆踊り、夏祭り等が続きますが、町単位の大きな催しもあります。思い出すのは、3年前、「政権交代。」のシールを作って配ったら、一カ所1時間千枚単位でアッという間に在庫なし。最近、数枚だけ見つけ出し、壁に貼り出してみました。もちろん頭に「もう一度」と付け足して。

7月31日 明日(8月1日)、国民の生活が第一の党本部の開所式があります。外堀通り沿い、日枝神社の鳥居の脇の黒いビルの2Fと3Fです。8月1日は八朔(はっさく)といって、徳川家康の「関東御討入」の吉日です。天下取りの大業がこの日に始まったことを、江戸時代を通じて祝った日です。

8月1日 9時半から党本部事務所開きの神事、10時から開所式。来賓の達増拓也岩手県知事は「国民の生活が第一とは当たり前ではあるが、極めて今日的な課題でもある」と。正にその通り。三遊亭円楽師匠の「政権交代、やり直し」には、「さすが言葉の達人」と感心。私の考えた「もう一度」よりも今の思いにピタリ。

8月2日 1日夕刻、政策の基本方針を発表。(1)いのちを守る「原発ゼロ」へ(2)生活を直撃する消費税増税は廃止(3)地域のことは地域で決める「地域が主役」の社会を! を3つの緊急課題とします。原発ゼロは私たち政策担当が綿密に議論した上で、「10年後を目途に全てを廃止する」と踏み込みました。

8月3日 『国民の生活が第一』はじめ7つの真正野党(自民、公明は除く)が内閣不信任案の提出に合意。実際に手続きが進むのは来週だと思いますが、この週末から各種の動きが始まります。私も間もなく国会を出て地元へ。なお、新党の綱領、政策の基本方針、3つの緊急課題は全文をホームページに掲載してあります。

8月7日 7日15時から、先日95歳で長逝した伯母・三木睦子の献花式。一族のゴッドマザーのような人でしたから、私も人生の折節について思い起こすと多くの感懐があります。その後に国会へ戻って内閣不信任案の提出。野党だった自民、公明が不信任案を否決するかもという憲政史上も未知の領域に、明日から入ります。

8月11日 10日、消費税増税法その他が成立。しかし諦めてはいけない。「近いうち」すなわち来年8月までの間に必ずある総選挙で、凍結とか撤回を求める勢力が多数になればいい。その可否を決めるのが主権者です。日本は国民主権の国だから。

8月15日 全国戦没者追悼式。在職中は毎回参列していますが、新たな発見もありました。来賓として政党の代表者をズラリと並べるのをどうかと思う人も多いでしょうが、新聞協会、宗教者の団体等々と併せ考えれば、戦争責任を問い続けているとも思えます。今日的課題である「翼賛体制」への警鐘として。

8月16日 昨晩のNHKスペシャル『終戦』。見方は様々なのでしょうが、国策を大転換すべきと気づいたのに出来なかった指導者群の姿が活写されていました。大きな失敗を経験しても、惰性や保身や失う利益を考えて頭を切り換えられない高官や各界の権力者たちに、今、正論を貫く勇気が問われます。

なぜ今、新党か――政権交代、やり直し(2012年8月17日)

 3年前の夏、「政権交代選挙」を一緒に戦っていただいた皆様だからこそ、申し上げなくてはなりません。民主党は国民の期待を集めて所期の目的を達しました。50年以上も続いた自民党に替わって、新しい政権をスタートさせたのです。しかし、残念ながら民主党政権は国民から寄せられた熱い思いに応えることが出来ませんでした。

 民主党政権の失敗の原因については、様々な議論が始まっています。政府の要職についた政治家たちの未熟さと力量不足。政治主導の真意を取り違えて官僚の協力を得られなかったこと。その失敗を反面教師として、過度に官僚依存に走る最高指導者が選ばれてしまったこと。それらの結果、民主党政権は政権交代前の理想を失い、官僚主導の政策決定に安住し、支持層の信頼を裏切り続けることになってしまいました。

 党内の不一致、そして分裂の直接の契機は「消費税増税」の可否に関わる党内の議論でした。これ自体は政策論争であり、私は「プレス民主」埼玉10区版でも折にふれ説明して参りました。とはいえ、2010年参院選の直前、菅前首相が唐突に提起し敗北を喫して以来、消費税増税をはじめマニフェスト軽視の姿勢を容認するか否かが、不協和音の底流に存在したことは否めません。

 「原発ゼロ」へ!は達成可能

 マニフェストを軽視することは、政権交代に対して負託された民意を蔑(ないがし)ろにすることに外なりません。それでは民主党政権の正統性すら損なうことになります。1996年の民主党結党の際の標語は「市民が主役」でした。98年の四党合併以降の数年、新自由主義的傾向を強めた時代もありましたが、より徹底した新自由主義を追求した小泉・竹中路線に大敗北した後、2006年に就任した小沢一郎代表によって「国民の生活が第一」を党の基本理念に据えることになったのです。その原点を捨て去ってもよいのか。

 国民の思いを顧みないから、消費者や中小事業者に重税を課すことをいとわない。国民の声を聞かないから、原発に対する不安を無視する。国民の願いを軽視するから、地域への愛着がわからない。そういう政治家たちが幅をきかせている民主党から、私は離れざるを得ないのです。

 消費税増税法は8月10日に成立してしまいました。しかし、次の総選挙で凍結または撤回を求める勢力が多数になれば、実施は阻止できます。政府は2030年の原発依存度を15%に誘導しようとしていますが、私たちの検討によれば、天然ガス・コンバインド・サイクル発電および最新式の石炭火力発電の推進によって「10年を目途に原発ゼロ」は達成可能と考えます。

 民主党は2009年の総選挙に臨み、「政権交代。」を標語とし、私も「。」は完了の意味だと説明して運動しました。しかし、完了していないのです。だからといって元には戻せません。「政権交代、やり直し」、それを目ざすのが私たちの新党です。

消費税増税に反対(2012年4月1日)

 新聞・テレビで報道されましたように、野田内閣は3月30日午前、消費税増税法案を閣議決定いたしました。私は3月14日から28日まで、約50時間にわたった党内の全会議に出席し、

1.デフレ下の増税は容認できない。
2.逆進性対策が不十分。
3.社会保障との一体改革になっていない。
4.定数削減・更なる行政改革など増税の前にやることがある。

などの理由で、現時点での閣議決定=法案提出に反対の意見を表明していましたが、28日未明、唐突に議論が打ち切られ、一任の名のもとに強引に決定されてしまいました。

 私は政策調査会の副会長をしていますから、同日15時からの「政調役員会」でも再び反対の意見を述べました。しかし、決定は変わりませんでした。

 上記の4つの理由がある「今の時期の増税」は重大なマニフェスト違反です。政調役員として、今後も増税のための政策活動の責任者となることは、議員活動の原点にかかわります。

 したがって、同じ思いの議員たちと行動を共にし、30日19時、前原政調会長あて役職の辞表を提出いたしました。国土交通部門会議の座長としての役割を全う出来ないことへの思いは多々ありますが、やむを得ぬ決断をいたしました。

 やはり、国民の生活が第一。

 日本経済は1990年代から長いデフレが続いています。その脱却のための政策が何より優先されるべきなのに有効な手を打てなかったのが自民党政権で、その失政の結果の税収減で政権交代直後の民主党内閣は苦しみました。

 去年3月の東日本大震災からの復旧復興のために、復興債の償還を目的とした復興税が課せられます(法人税・所得税の増税)。それに加えて消費税増税とは何をか言わんや、なのです。もちろん将来の、経済好転後の税率アップを否定するものではありませんが、庶民の家計を直撃する形の増税には勇気をもって反対しなくてはなりません。

 私は役職を辞しますが、民主党を離党するわけではありません。むしろ民主党の原点に戻り、「国民の生活が第一。」の政策に回帰することを主張しているのです。マニフェストでの約束を出来るだけ守り、自民党から民主党への「政権交代。」で目ざしたものを、もう一度、真摯に追求する活動をして参ります。

原点は国民の生活――年頭所感(2012年1月1日)

 新しい年が明けました。昨年は東日本大震災、福島の原発事故、台風12号・15号など、予期せぬ災害で、大きな被害がもたらされた年であり、その悲惨な現実に直面して政治の責任と己れの無力さを痛感いたしました。

 ここで「予期せぬ」とはいっても、自然の災害に対して十全に備えておくのは当然です。「いつ起きるか」という時期は分からなくとも、「いつかは起きる」ことを前提に対策を組み立てておく必要があったのに、技術への過信なのか当事者の慢心なのか、「想定外」という言葉が乱発される事態になってしまいました。「想定外」とは、想定しなかった者たちの無能さと、そう言ってのける者たちの無責任さを自白しているようで、私は聞くに堪えない思いで聞いていました。まして歴史は、地震であれ津波であれ台風であれ、同規模の自然現象を数百年あるいは千年の単位で前例があることを記録していたのです。

 この不幸な災害を同時代で経験した私たちは、今、何を為すべきなのか。政治や行政が為すべきこと、科学者・技術者が為すべきこと、企業・団体が為すべきこと。為すべきものは多様ですが、共通していえるのは、旧来の常識や先入観念にとらわれず真に必要な課題を精査して、優先順位をつけて実現していくことだと思います。

 「政権交代。」の理念をつらぬく

 私たち政治家の為すべき第一は、与野党が衆・参ねじれ状況の中で膠着し、何も出来ない不毛な対立から一刻も早く脱却することです。その際には先例主義の呪縛から自由になる必要があるでしょう。それは至難ですが、成し遂げなければ日本丸は沈没を待つだけです。年末、マニフェストに掲げた政策の履行に関連して離党騒ぎに発展したのは、誠に残念です。民主党がみずから数を減らしては、政権の脆弱化を更に進めることにしかなりません。

 第二は、官僚との関係を抜本的に再構築する必要があります。鳩山内閣も菅内閣も既に検証の対象になっており、新聞やテレビは「失敗の原因」を指摘しはじめています。もちろん歴史的評価は時期尚早ですが、官僚を排除しすぎたと同時に、一部の省に対しては過度に依存したことが問題視されています。私は今、政策調査会副会長と国土交通部門会議座長の任にありますが、日々、政策を形成し決定していく過程で官僚との協同作業は欠かせないものになっています。拒否もせず依存しすぎることもなく、その実力を最大限に発揮して貰うことが真の政治主導に必要だからですが、この間合いの取り方に慣れない与党議員も多いのです。

 第三に、やはり「国民の生活が第一。」の原点に戻ることです。あの暑い夏の日に掲げた国民との契約を少しでも守ろうとの姿勢に回帰しなければ、民主党に明日はありません。マニフェストが総崩れしている現実は政権交代の意味を失わせてしまいます。

衆議院議員 松崎哲久

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